傾向スコア
Propensity Score ・ けいこうすこあ
処置を受ける確率でマッチングし、観察データから擬似的なRCTを作る手法
概要
傾向スコアは、「その人が処置(治療・施策・サービス利用など)を受ける確率」を属性から推定した値です。年齢・性別・過去の行動といった多数の共変量を、0〜1のたった1つの数字に要約します。そしてこのスコアが近い者同士を処置群と対照群から探して比べれば、「処置を受けやすさが同じなのに、片方は受け、片方は受けなかった」ペアの比較になり、観察データの中に擬似的なランダム化比較試験を再現できます。
観察データで処置群と対照群を素朴に比べると、処置の効果と「もともとの体質・性質の違い」が混ざってしまいます。健康食品の利用者は非利用者より健康意識が高い、有料プラン加入者はもともとサービスへの熱量が高い — この背景の違いが交絡です。傾向スコアは、多数の交絡因子を1次元に圧縮したうえで「背景が釣り合った比較」を作り出すための道具です。
1983年にローゼンバウムとルービンが提案して以来、医学の疫学研究からマーケティング施策の効果検証まで、「無作為化はできないがログは大量にある」あらゆる場面で使われる、観察データ因果推論の代表的手法になっています。
なぜ生まれたか
交絡への古典的な対処は「層別」でした。年齢層ごと、性別ごとにデータを分けて群内で比較すれば、その変数の影響は取り除けます。しかし調整したい共変量が10個、20個と増えると、組み合わせの層は爆発的に増え、各層に処置群と対照群の両方が揃うことはほぼなくなります。この「次元の呪い」が、多変量の観察データで背景を釣り合わせる作業を事実上不可能にしていました。
ローゼンバウムとルービンの発見は、「すべての共変量で釣り合わせる必要はない。処置を受ける確率という1つのスコアで釣り合わせれば十分だ」というものでした。傾向スコアが同じ人々の中では、共変量の分布は処置群と対照群で(平均的に)一致することが数学的に示せます。つまり20次元の釣り合わせ問題が1次元に潰れる。これがバランシングスコアと呼ばれる性質で、次元の呪いを回避しながら反実仮想の比較相手を用意する道を開きました。
詳細
手順 — スコアの推定から効果の比較まで
実務の流れはシンプルです。まず処置の有無(受けた=1、受けない=0)を目的変数、交絡しうる共変量を説明変数としてロジスティック回帰などで「処置を受ける確率」を予測するモデルを作り、全員のスコアを算出します。次にそのスコアを使って処置群と対照群の背景を釣り合わせ、最後に釣り合った群同士で成果を比較します。
釣り合わせ方の3つの流儀
スコアの使い方には主に3つの流儀があります。マッチングは、処置群の各個体に対し、スコアが最も近い対照群の個体を探してペアを作る方法です。直感的で説明しやすい一方、ペアにならなかったデータは捨てられます。**逆確率重み付け(IPW)**は、データを捨てる代わりに「処置を受けにくいのに受けた人」「受けやすいのに受けなかった人」を重く数える重み付けで、全体を擬似的に無作為化された集団へ変換します。層別は、スコアで5層程度に分けて層ごとに比較し平均する方法です。どれもゴールは同じで、「処置以外の条件が揃った比較」を作ることです。
診断 — マッチングは「やって終わり」ではない
傾向スコアを使ったら、必ず2つの診断を行います。1つ目は共通サポートの確認です。処置群と対照群のスコア分布が重なっていない範囲では比較相手が存在せず、そこにいる個体の効果は原理的に推定できません。分布の重なりが薄い場合、推定できるのは「重なった範囲の人々にとっての効果」に限られることを明示する必要があります。2つ目はバランスの確認で、マッチング後に各共変量の分布が2群で実際に釣り合ったかを標準化差などの指標で点検します。釣り合っていなければスコアのモデルを組み直します。スコアモデルの目的は処置の予測精度を上げることではなく、バランスを達成することです。
最大の限界 — 未観測交絡には無力
傾向スコアの効力は「測定できた共変量」の範囲に厳密に限定されます。これは「未観測の交絡がない(強い無視可能性)」という検証不可能な仮定の上に立つ手法だからです。たとえば「健康意識」をどの変数でも捉えられていなければ、スコアをどれだけ精緻に作ってもその交絡は残ります。無作為化が未測定の交絡まで自動的に消してくれるランダム化比較試験との決定的な違いはここにあります。どの変数がどう交絡しうるかを因果ダイアグラムで整理し、未観測交絡がどの程度あれば結論が覆るかを感度分析で見積もるのが誠実な作法です。未観測交絡が疑わしい場面では、操作変数法や差の差法といった、別の仮定に立つ手法を検討します。
