操作変数法
Instrumental Variable ・ そうさへんすうほう
結果に直接効かず処置だけを動かす変数を使い、未観測の交絡を回避する手法
概要
操作変数法(IV)は、処置(原因側の変数)には影響するが、結果には処置を通じてしか影響しない第三の変数 — 操作変数 — を見つけ、それが引き起こす処置の変動だけを使って因果効果を推定する手法です。たとえば「教育年数が賃金に与える効果」を知りたいとき、生まれ月による就学タイミングの違いや、自宅から大学までの距離を操作変数として使う、といった分析が有名です。
なぜそんな回りくどいことをするのか。観察データでは、処置と結果の両方に効く交絡因子 — しかも測定できていないもの — が潜んでいるのが普通だからです。教育と賃金の例なら「本人の能力」がそれで、能力は進学もしやすくし賃金も高めます。傾向スコアのような共変量調整は測定済みの交絡にしか効きませんが、操作変数法は発想を変え、「交絡と無関係な外部要因が生んだ処置のばらつき」だけを取り出すことで、未観測の交絡ごと迂回します。
いわば操作変数は「自然が行った部分的な無作為割付」です。生まれ月は本人の能力とは無関係に決まるのに、就学年数を少しだけ動かす — その部分の変動はランダム化比較試験の割付に似た性質を持ちます。計量経済学で発展し、疫学(遺伝子変異を操作変数に使うメンデルランダム化)にも広がった、観察データ因果推論の切り札的手法です。
なぜ生まれたか
起源は1920年代の経済学、需要と供給の同時性問題です。市場で観測される価格と数量は、需要曲線と供給曲線の交点にすぎません。価格と数量の散布図に線形回帰を当てはめても、出てくる直線は需要曲線でも供給曲線でもない「交点の軌跡」であり、係数に因果的な意味はありませんでした。ライトが提案した解決策は、「供給側だけを動かす要因 — たとえば天候 — を使う」ことでした。天候は消費者の需要には直接影響しないので、天候による価格の変動に対する数量の反応は、純粋に需要曲線の傾きを映し出します。これが操作変数の原型です。
その後この考え方は、「説明変数が誤差項と相関してしまう」あらゆる状況 — 未観測交絡、逆因果(結果が原因にも影響する)、測定誤差 — への汎用的な処方箋として一般化されました。共通する問題意識は、回帰の係数が因果効果として読めるのは説明変数の変動が「外生的」なときだけであり、観察データではそれが崩れている、ということです。操作変数法は、外生的な変動源を外部から持ち込むことでこの前提を回復させます。1990年代にはアングリストとインベンスらが「操作変数の推定値は誰にとっての効果なのか」を明確にする理論(LATE)を整備し、この功績は2021年のノーベル経済学賞の対象になりました。
詳細
成立条件 — 2つの要件
変数Zが処置Xと結果Yの関係の操作変数として使えるためには、2つの条件が必要です。第一に関連性: ZはXを実際に動かすこと。これはデータで検証できます。第二に排除制約: ZはXを経由する経路以外でYに影響しないこと(Zと未観測交絡Uが無関係であることも含みます)。こちらはデータからは検証できず、その状況の仕組みに関する知識で正当化するしかありません。この構造は因果ダイアグラムで描くと一目で分かります。
生まれ月の例で読むと、生まれ月は義務教育の在学期間をわずかに変える(関連性)一方、能力や家庭環境とは無関係に決まり、賃金へ直接影響する理由もない(排除制約)と考えられます。だからこそ、生まれ月由来の教育年数の違いに対応する賃金差は、能力という未観測交絡に汚染されていない因果効果として読めるのです。
推定の仕組み — 二段階最小二乗法(2SLS)
代表的な推定法が二段階最小二乗法です。第1段階では、処置Xを操作変数Zに回帰し、Xの予測値を作ります。この予測値は「Zで説明できる部分の変動」だけを含み、交絡由来の変動が取り除かれています。第2段階では、結果Yを(Xそのものではなく)この予測値に回帰します。こうして得た係数が因果効果の推定値です。最小構成では、Yに対するZの効果をXに対するZの効果で割った比(ワルド推定量)に一致し、「Zが動かしたぶんのXあたり、Yがどれだけ動いたか」という直感どおりの量になります。
弱い操作変数と推定の不安定さ
実務上の最大の敵は弱い操作変数です。ZがXをほとんど動かさない場合、ワルド推定量の分母が0に近くなるため、推定値は激しく不安定になり、標準誤差は爆発し、しかもZとUのごくわずかな相関(排除制約の小さな破れ)が推定値の大きな偏りに増幅されます。第1段階の説明力をF統計量で確認し、目安として10を下回るような弱い操作変数は使わない、というのが定着した作法です。またIV推定は交絡を迂回する代償として、通常の回帰よりも信頼区間が大幅に広くなります。バイアスを取るか分散を取るか、というトレードオフを常に抱えた手法です。
推定しているのは「誰の」効果か — LATE
もう1つの重要な注意点は、操作変数法が推定するのは全員の平均的な効果ではなく、操作変数に反応して処置が変わった人々(コンプライヤー)にとっての効果、LATE(局所平均処置効果)だという点です。生まれ月の例なら「生まれ月次第で就学年数が変わった人」— つまり最短で学校を辞めたい層 — の教育効果であり、大学院まで進む層の効果ではありません。異なる操作変数は異なる集団の効果を測るため、推定値が食い違っても矛盾とは限りません。結果を報告するときは「この効果は誰について言えるのか」を明示する必要があります。
使いどころ
操作変数法が活きるのは、未観測交絡や逆因果が深刻で、共変量調整では歯が立たない場面です。政策のくじ引き(徴兵抽選、学校の入学抽選)、制度の閾値、地理的な距離、遺伝子変異(メンデルランダム化)などが操作変数の定番です。ただし良い操作変数は「見つけるもの」であって「作るもの」ではなく、排除制約の説得力がすべてを決めます。処置のタイミングに前後の構造があるなら差の差法、観測済み交絡が主な問題なら傾向スコアと、状況に応じて仮定の異なる手法を選び分ける・併用することが、観察データの因果推論の実践です。
