推測統計●●●●●

因果ダイアグラム

Causal Diagram ・ いんがだいあぐらむ

変数間の因果の向きを矢印のグラフで描き、調整すべき変数を見極める道具

✦ 30秒で試す — 航海変数を増やして調整するほど、正しい答えから遠ざかることがある合格者だけで見ると、才能と人柄の関係は?予想してみる

概要

因果ダイアグラムは、変数を点、因果の影響を矢印で表したグラフです。「喫煙 → 肺がん」のように、原因から結果へ向かう矢印を描き、分析に関わる変数どうしの因果の想定を1枚の図に書き下します。矢印をたどって元の変数に戻る循環を許さないため、DAG(Directed Acyclic Graph、有向非巡回グラフ)とも呼ばれます。

この図の価値は、因果推論における最大の実務的問い——「効果を正しく測るために、どの変数を調整(統制)すべきで、どの変数を調整してはいけないか」——に、機械的な手順で答えられることです。分析者の頭の中にある因果の仮定を図として外に出すことで、その仮定の妥当性を他人が検証でき、仮定から導かれる結論をグラフの規則で導出できるようになります。

計算機科学者のジューディア・パールが1980〜90年代に理論を体系化し、疫学・経済学・機械学習へと広がりました。「相関から因果は語れない」で止まっていた統計学に、「どんな仮定を置けば語れるのか」を明示する言語を与えた道具です。

なぜ生まれたか

因果ダイアグラム以前、交絡への対処は「関係しそうな変数はとにかく全部調整する」という経験則に頼りがちでした。しかしこの方針には落とし穴があります。調整すべきでない変数を調整すると、かえって偏りが生まれることがあるのです。原因と結果の中間にある変数(中間変数)を調整すると、測りたい効果そのものを打ち消してしまいます。さらに悪いことに、2つの原因の共通の結果にあたる変数を調整すると、本来無関係だった変数間に見せかけの関連が発生します。どの変数を調整すべきかは変数間の因果の「向き」に依存する——ところが回帰式や確率の記法には、相関はあっても向きを表す仕組みがありませんでした。

矢印で因果を描く発想自体は古く、1920年代に遺伝学者のライトが経路分析(パス解析)として使っています。パールらはこれを確率論と結びつけ、「与えられた因果構造のもとで、どの変数集合を調整すれば偏りが消えるか」を判定する規則(バックドア基準)と、介入の効果を表す記法(do 演算)を定式化しました。1999年にグリーンランド、パール、ロビンズが疫学者向けに解説したことで医学研究にも一気に広まり、変数選択は勘と慣習の問題から、描いた仮定のもとで答えが決まる手続きの問題へと変わりました。

詳細

3つの基本パターン

どんなに複雑な因果ダイアグラムも、3つの基本構造の組み合わせに分解できます。合流点だけは直感に反するので、特に注意して押さえてください。

分岐(交絡)ZXYZ を調整する共通原因が見せかけの相関を作る連鎖(中間変数)XMYM を調整しない効果の通り道を塞いでしまう合流点(コライダー)XYCC を調整しない調整すると偽の関連が生じる
因果ダイアグラムの3つの基本構造——分岐は調整すべき、連鎖と合流点は調整してはいけない

分岐は X と Y の両方に矢印を出す共通原因 Z がある構造で、交絡そのものです。Z を放置すると X と Y の間に見せかけの相関が生まれるため、Z は調整すべき変数です。連鎖は X → M → Y と効果が中間変数 M を経由して伝わる構造で、M を調整すると測りたい効果の通り道を塞いでしまうため、総合的な効果を知りたいなら調整してはいけません。**合流点(コライダー)**は X と Y の両方から矢印を受ける変数 C で、これが最も直感に反します。C を調整すると、それまで独立だった X と Y の間に偽の関連が発生するのです。「才能と人柄の両方が合格に効くとき、合格者だけを見ると才能と人柄が負の相関に見える」という現象がその典型で、選択バイアスの多くは合流点の調整として説明できます。

経路の開閉という見方

因果ダイアグラム上で X から Y へ至る道筋(矢印の向きを問わずたどれる経路)は、関連を伝える「開いた経路」と、伝えない「閉じた経路」に分かれます。規則は3パターンに対応していて、分岐と連鎖を含む経路はそのままだと開いており、途中の変数を調整すると閉じます。逆に合流点を含む経路はそのままだと閉じており、合流点を調整すると開いてしまいます。合流点そのものでなく、合流点から矢印を受ける「子孫」(C → D の D)を調整しても、経路は部分的に開きます。調整とは条件付き確率の言葉で言えば「その変数の値で条件づけて層別に見る」ことであり、条件づけがこの経路のスイッチを切り替えるのです。どの経路も閉じている状態を「d 分離」と呼び、d 分離された変数どうしはデータ上も(条件つきで)独立になる、というのがこの見方の数学的な裏付けです。

下の体験では、X と Y を結ぶ4本の経路を光の粒が流れます。ノードをタップして調整し、赤い非因果の道だけを止めてみてください。右下の係数は、裏で生成したデータを実際に回帰した結果です。

⚡ 体験: 調整で経路を開け閉めする
X処置Y結果Z交絡M媒介C合流点
因果の道(止めたくない)非因果の道(止めたい)
調整した変数なし開いた非因果の道1 本X の係数1.16真の総効果0.60

X と Y のあいだを、関連を運ぶ光の粒が4本の道で流れています。知りたいのは金色の道(X から Y への因果)だけ。赤い道の粒を止め、金色は止めないように、ノードをタップして調整してみてください。

光の粒 = 関連が流れる道。金 = 因果の道、赤 = 非因果の道。係数 = 3000件の模擬データで Y を X と調整した変数で回帰したときの X の係数(真の総効果 0.60、直接効果 0.30)

何も調整しないと、裏口 X ← Z → Y を通る関連が混ざって係数は真の値の約2倍になります。Z を調整すると正しくなり、そこへ「念のため」と M や C を加えると、効果の一部を消したり、閉じていた経路を開いて符号まで逆転させたりします。調整する変数を増やすほど安全、とはならないことが分かります。

バックドア基準——調整すべき変数の判定法

測りたいのは X → Y の因果効果ですが、X と Y の関連には、X に入ってくる矢印から始まる「裏口の経路」(バックドアパス)が混入します。裏口は1本とは限らず、長い経路のこともあります。

所得食生活年齢運動習慣処置 X血圧結果 Y知りたい因果の矢印①②裏口① 運動 ← 年齢 → 血圧 ……… 年齢を調整すれば閉じる裏口② 運動 ← 所得 → 食生活 → 血圧 ……… 所得か食生活のどちらかを調整すれば閉じる調整集合の例: {年齢・所得}か{年齢・食生活}。運動の結果として動く変数は含めない
バックドア経路の具体例——運動と血圧のあいだの2本の裏口。裏口②は所得か食生活のどちらか1つを調整すれば閉じる

バックドア基準とは、「X の子孫(X の結果として動く変数)を含まず、すべての裏口経路を閉じる変数集合を調整せよ」という判定規則です。この基準を満たす変数集合が見つかれば、観察データからでも因果効果を偏りなく推定できます。上の図なら、年齢に加えて所得と食生活のどちらか一方を調整すれば十分で、両方を測る必要はありません。調整集合の候補が複数あるときは、測定の確かな変数を選べばよい——これも図があってこそできる判断です。傾向スコアによる調整や重回帰分析への共変量投入も、「何を調整すべきか」の正当化はこの基準に依拠しています。逆に言えば、ランダム化比較試験が強力なのは、ランダム割り付けが X に入ってくる矢印をすべて消し、裏口経路を構造ごと断ち切るからだ——と、ダイアグラム上で一目で説明できます。

パールはこの考え方を do 演算という記法でまとめました。P(Y | X = x) は「X が x だった人たちの Y の分布」、P(Y | do(X = x)) は「全員の X を x に設定したときの Y の分布」で、両者の違いがまさに交絡です。バックドア基準を満たす集合 Z があれば、後者は Z の層ごとの P(Y | X = x, Z) を Z の分布で平均し直すことで観察データから計算できます。これは層別して重み付け平均するという、昔からの標準化の手続きそのものです。

図が教える落とし穴——M バイアスとフロントドア

「処置より前に決まった変数なら、調整しても害はない」という経験則にも例外があります。測られていない2つの要因 U₁(X の原因)と U₂(Y の原因)が、ともに処置前の変数 C に影響している場合、C は U₁ → C ← U₂ の合流点です。C を調整すると X ← U₁ → C ← U₂ → Y という経路が開き、偏りが生まれます。形が M の字に見えることから M バイアスと呼ばれます。実際の偏りは小さいことが多いとも言われますが、「調整すべきかどうかは、変数が処置の前か後かではなく、図の中の位置で決まる」ことをよく示す例です。

逆に、図があれば「裏口を閉じられないのに効果を識別できる」場合も見つかります。X と Y の両方に効く交絡 U が測れなくても、X の効果がすべて媒介変数 M を通って Y に届き、M と Y の間には別の交絡がないなら、X → M の効果と M → Y の効果を別々に推定して掛け合わせることで X → Y の効果が求まります。これがフロントドア基準で、「喫煙 → 肺のタール沈着 → がん」の例で説明されます。条件がそろう場面は多くありませんが、調整以外にも識別の道があることを図が教えてくれます。

実務での使い方と限界

実務では、分析を始める前に領域知識を総動員してダイアグラムを描きます。「どの変数がどの変数に影響しうるか」を矢印の有無として一つずつ決めていく作業は、それ自体が仮定の棚卸しです。描き上がった図から、調整すべき変数(交絡)と調整してはいけない変数(中間変数・合流点)が判定でき、層別すると関連が反転して見えるシンプソンのパラドックスについても「どちらの見方が正しいか」を図の上で裁定できます。調整では対処できない構造だと分かった場合に、操作変数法などの別の識別戦略へ切り替える判断も図の上で行えます。DAGitty のような無料のツールに図を入力すれば、調整集合の候補を自動で列挙してくれます。

ただし限界も明確です。ダイアグラムは分析者が描いた仮定であって、データから自動的に得られるものではありません。矢印を1本描き忘れれば結論は変わりえますし、測定されていない交絡は図に載せられても調整できません。因果ダイアグラムは「因果を証明する魔法」ではなく、「どんな仮定の上に結論が立っているかを隠さず示す道具」だと理解するのが正確です。それでも、仮定が暗黙のまま進む分析と、図として明示され批判可能な分析との差は決定的です。反事実と潜在結果の枠組みと並んで、現代の因果推論を支える二本柱の一つになっています。

試問

X が Y に与える効果を、データから回帰で推定します。因果ダイアグラムには、X から Y への直接の矢印のほか、中間の変数 M を通る道(X → M → Y)、両方の原因 Z を通る道(X ← Z → Y)、両方の結果 C を通る道(X → C ← Y)があります。ノード(Z・M・C)をタップすると、その変数を回帰に入れて「調整」します。

✦ 命題挑戦中

X が Y に与える効果のうち、M を経由しない直接効果(真値 0.30)だけを、調整する変数の選び方で取り出せ

  • 開いている非因果の道(赤)が 0 本(いま 1 本)
  • 流れている因果の道(金)が X → Y の1本だけ
  • X の係数が直接効果 0.30 に近い(±0.05。いま 1.16)
⚡ 体験: ノードをタップして、調整する変数を選ぶ
X処置Y結果Z交絡M媒介C合流点
因果の道(止めたくない)非因果の道(止めたい)
調整した変数なし開いた非因果の道1 本X の係数1.16真の総効果0.60

X と Y のあいだを、関連を運ぶ光の粒が4本の道で流れています。知りたいのは金色の道(X から Y への因果)だけ。赤い道の粒を止め、金色は止めないように、ノードをタップして調整してみてください。

光の粒 = 関連が流れる道。金 = 因果の道、赤 = 非因果の道。係数 = 3000件の模擬データで Y を X と調整した変数で回帰したときの X の係数(真の総効果 0.60、直接効果 0.30)