マクロ経済●●●○○

国際収支

Balance of Payments ・ こくさいしゅうし

国境を越える取引をすべて複式で記録した統計。経常収支の黒字は同じ額の対外資産の増加と必ず対になる

✦ 30秒で試す — 航海輸出で稼げなくなった日本が、まだ黒字でいられる理由いまの日本の経常収支の黒字を生む稼ぎ頭は?予想してみる

概要

国際収支は、一定の期間に国境を越えて行われた経済取引を、すべて記録した統計です。いわば国の「対外取引の家計簿」です。モノの輸出入、旅行や輸送・クラウドの利用料といったサービスの取引、海外に置いた資産から受け取る利子や配当、見返りのない援助や送金、そして株式や債券の売買、工場の建設、預金の出し入れといった投資のお金の動きまで、国境をまたぐ取引が漏れなく計上されます。ニュースで「貿易赤字」「経常黒字」と報じられる数字は、すべてこの統計の一部です。

最初に押さえるべき約束事は、国際収支が複式簿記で記録されることです。自動車を1台輸出すれば、「自動車という財を渡した」と「代金をドル預金で受け取った」という2つの面が、同じ金額で別々の場所に記帳されます。どの取引もかならず2か所に同額で入るので、統計全体は定義によって常に釣り合います。「国際収支が赤字」という言い方は正確ではなく、赤字・黒字はあくまで経常収支や貿易収支といった区分について言う言葉です。

この統計は、為替レートの底流を読むときにも、国がどうやって稼いでいるかという経済の体質を読むときにも使われます。日本は長く「輸出で稼ぐ国」でしたが、いまは貿易収支がほぼ赤字なのに、海外に積み上げた資産の配当や利子で巨額の経常黒字を出す国に変わりました。この変化が読み取れるのも、国際収支の区分があるからです。

なぜ生まれたか

国が対外取引を集計しようとした動機は古く、16〜18世紀の重商主義の時代にさかのぼります。当時は「輸出で金銀を稼ぎ、輸入を抑えて国内に富を溜め込むことが国力だ」と信じられ、貿易の差額を知ることが国策そのものでした。この「黒字は善、赤字は悪」という直観は今も根強いのですが、後の経済学は比較優位の理論などを通じて、貿易の利益は黒字の蓄積ではなく交換そのものにあることを明らかにしていきます。

現代の国際収支統計が整ったのは、第二次世界大戦後です。ブレトンウッズ体制のもとで各国は固定された為替レートを守る義務を負い、その持続可能性を監視するために、IMF(国際通貨基金)が各国共通の統計マニュアルを定めました(初版は1948年)。固定レートの時代、経常赤字が続く国からは外貨準備が流れ出し、やがてレートを守れなくなります。国際収支は、通貨制度が壊れる前にそれを察知するための計器盤として標準化されたのです。

変動相場制に移ったあとも、この計器盤の役目は変わっていません。対外的な不均衡の蓄積は、1990年代の新興国の通貨危機の予兆として読まれ、2000年代の「世界的な不均衡」(米国の巨額の経常赤字と中国・産油国の黒字)の議論の土台にもなりました。マニュアルは改訂を重ね、日本の統計は2014年から第6版(BPM6)に従っています。IMF は2025年3月に第7版(BPM7)を採択し、デジタル取引や暗号資産の扱いなどを改めました。各国の統計が新しい版へ移るのはこれからです。

詳細

1件の取引は、かならず2か所に落ちる

国際収支は大きく3つの区分からなります。中心は経常収支で、モノの輸出入(貿易収支)、サービス収支(旅行・輸送・知的財産の使用料・クラウドの利用料など)、第一次所得収支(海外の資産からの利子・配当や、海外で働いた賃金)、第二次所得収支(無償の援助・国際機関への拠出・海外への仕送り)を足したものです。もう1つが金融収支で、直接投資(海外での工場建設や企業の買収)、証券投資(株式・債券の売買)、その他投資(預金・貸付)、外貨準備の増減という、対外資産と対外負債の変化を記録します。残る資本移転等収支は、債務の免除やインフラの無償供与などを記録する小さな区分です。

記帳の仕組みを1件の取引で追ってみます。自動車を1台、300万円分輸出し、代金をドル預金で受け取ったとします。モノが国外へ出たので、貿易収支に +300万円が入ります。同時に、日本の企業の手元にドル預金という対外資産が増えたので、金融収支の「その他投資」にも +300万円が入ります。今度は、そのドル預金で米国債を買ったとしましょう。証券投資が +300万円、ドル預金が −300万円で、どちらも金融収支の中です。資産の形が変わっただけなので、経常収支は1円も動きません。

① 自動車を輸出300万円、代金はドル預金で受け取る② そのドルで米国債を買う資産の形を変えるだけ経常収支貿易収支+300サービス収支第一次所得収支第二次所得収支金融収支直接投資証券投資②+300その他投資(預金)①+300 ②−300経常収支 +300 = 金融収支 +300どの取引も2か所に同額で入るので、全体はいつも釣り合う
複式の記帳 — 輸出は経常収支と金融収支に同額で入り、米国債の購入は金融収支の中だけで相殺される

この記帳から、「経常収支+資本移転等収支−金融収支+誤差脱漏=0」という恒等式が出てきます。資本移転等収支と誤差脱漏は小さいので、ざっくり言えば経常収支=金融収支です。経常黒字で稼いだ外貨は、預金であれ証券であれ工場であれ、必ず対外資産の増加という形でどこかに置かれます。逆に経常赤字の国は、同じ額だけ対外資産を取り崩すか、海外から借りて(対外負債を増やして)います。なお日本の統計では、対外資産の増加も負債の減少も金融収支のプラスで表すので、「金融収支の黒字」は資金が国外へ出ていった(対外投資が増えた)ことを意味します。直観と逆向きなので、読み違えに注意が必要です。

下の部品で確かめてください。どのカードを入れても粒は2つに分かれて落ち、下の2本の柱はいつも同じ高さのまま動きます。

⚡ 体験: 取引のカードを帳簿に入れて、複式の記帳を見る
取引のカード(つかんで帳簿へ)経常収支金融収支貿易収支±0サービス収支±0第一次所得収支±0第二次所得収支±0直接投資±0証券投資±0その他投資(預金)±0+=対外資産の増加/負債の減少経常収支±0金融収支±0=いつも同じ自動車を輸出原油・LNGを輸入訪日客の宿泊クラウド利用料米子会社の配当米国債を買うODA(無償援助)外国人が日本株米国に工場建設
貿易収支±0経常収支±0金融収支±0記帳した取引0件

左の取引のカードをつかんで右の帳簿へドラッグしてください(タップでも入ります)。1件の取引が、帳簿のどことどこに落ちるかを見てください。

単位は兆円。緑=黒字・朱=赤字(経常収支の区分)、金=対外資産の増減(金融収支。プラス=対外資産が増えた)。どのカードも2か所に同額が落ちるので、下の2本の柱はいつも同じ高さになる

経常収支は「貯蓄と投資の差」でもある

国際収支をマクロ経済とつなぐ鍵が、「経常収支=国内の貯蓄−国内の投資」という恒等式です。GDPの統計上、国全体で稼いだ所得のうち使わなかった分(貯蓄)が国内の投資を上回れば、余った分は必ず海外への資金の供給、つまり経常黒字として現れます。投資が貯蓄を上回る国は差額を海外から借りており、それが経常赤字です。この見方に立つと、経常赤字は「貿易で負けている」証拠ではなく、「国内の貯蓄以上に投資している」状態だと分かります。高成長の新興国が経常赤字になるのはむしろ自然で、赤字の善し悪しは、借りたお金が将来の返済能力を生む投資に向かっているかで決まります。

貯蓄を民間と政府に分けると、式はもう一段深くなります。経常収支=(民間の貯蓄−民間の投資)+(税収−政府支出)です。政府の財政赤字が膨らんでも、民間の貯蓄が同じだけ増えなければ、その分は経常赤字として海外から借りることになります。1980年代のレーガン政権下の米国で、減税と軍拡による財政赤字と経常赤字が同時に膨らんだ「双子の赤字」は、この式どおりの現象でした。金利の上昇がドル高を招き、輸出が落ちるという経路で、クラウディングアウトが国境の外へ漏れ出したとも言えます。日本は逆に、巨額の財政赤字を民間の貯蓄超過が上回ってきたので、国全体では経常黒字を保っています。

日本の国際収支 — モノで稼ぐ国から、資産で稼ぐ国へ

日本はかつて巨額の貿易黒字を稼ぐ「輸出大国」でしたが、生産拠点の海外移転とエネルギー輸入の増加で貿易収支は縮み、2011年以降は赤字の年が多くなりました。それでも経常収支が黒字を保っているのは、過去の投資の蓄積が生む利子・配当、つまり第一次所得収支が、貿易黒字に取って代わったからです。モノを売って稼ぐ国から、資産の上がりで稼ぐ「成熟した債権国」へ — 国際収支の発展段階説が描く道筋を、日本の統計はそのまま歩んでいます。

02040兆円−3.9−2.6+40.2−4.4+29.3+27.4貿易サービス第一次所得第二次所得経常収支金融収支差の約1.9兆円は資本移転等収支と誤差脱漏
日本の経常収支の内訳(2024年、財務省の速報)— 貿易とサービスの赤字を、第一次所得収支の黒字が大きく上回る

数字で見ると、この変化の大きさが分かります。財務省の速報で、2024年の経常黒字は約29.3兆円、2025年は約31.9兆円で、2年続けて過去最大を更新しました。その主役は第一次所得収支で、2024年に約40.2兆円、2025年には約41.6兆円に達しています。一方、貿易収支は2024年に約3.9兆円の赤字、2025年も約0.8兆円の赤字でした。サービス収支では、訪日客の増加で旅行収支の黒字が膨らむ一方、クラウドやネット広告などへの支払い(「デジタル赤字」)が年々大きくなっています。黒字が積み上がった結果として、日本の対外純資産は2025年末に約562兆円と過去最大になりましたが、同じ期間により速く積み上げたドイツ(2024年末に首位)と中国に抜かれ、世界3位になりました。33年続いた首位の座を、2年で2つ下げたことになります。

ただし、第一次所得収支の黒字は、そのまま円として国内に戻ってくるわけではありません。海外子会社の利益の多くは現地で再投資され(再投資収益)、受け取った配当も外貨のまま海外で運用されることが多いため、統計上の黒字ほどには円買いの需要は生まれません。経常黒字なのに円安が続いた2022年以降の日本を、「仮面の黒字国」と呼ぶ論者がいるのはこのためです。

読み方の落とし穴

実務でこの統計を読むときの落とし穴を3つ挙げます。第一に、黒字を「勝ち」、赤字を「負け」と読む重商主義の直観です。米国の経常赤字は数十年続いていますが、それは世界中の投資家がドル資産を持ちたがることの裏返しでもあります。第二に、二国間の収支への過度の注目です。「対中赤字」のような二国間の数字は国際分業の経路を映すだけで、経済全体の不均衡は多国間の合計で見る必要があります。第三に、因果の向きです。教科書は「経常赤字を資本流入で埋める」と書きますが、新興国の危機では順序が逆になります。国際資本移動が急に止まると、赤字を埋める資金がなくなり、為替レートの暴落と輸入の急減という痛みを通じて、経常収支のほうが無理やり黒字へ押し戻されるのです。1997年のアジアの通貨危機で、タイや韓国の経常収支が1年で大幅な黒字へ反転したのは、この「急停止」の結果でした。固定相場の国なら、赤字は外貨準備の流出として現れ、国際金融のトリレンマが描く選択を迫られます。

試問

帳簿は白紙です。カードは何度でも入れられ、「1件取り消す」で戻せます。

✦ 命題挑戦中

取引のカードを帳簿に入れて、貿易収支もサービス収支も赤字なのに、経常収支は黒字という今の日本の姿を再現せよ

  • 貿易収支が赤字
  • サービス収支も赤字
  • それでも経常収支は黒字
⚡ 体験: 取引を記帳して、今の日本の国際収支を作る
取引のカード(つかんで帳簿へ)経常収支金融収支貿易収支±0サービス収支±0第一次所得収支±0第二次所得収支±0直接投資±0証券投資±0その他投資(預金)±0+=対外資産の増加/負債の減少経常収支±0金融収支±0=いつも同じ自動車を輸出原油・LNGを輸入訪日客の宿泊クラウド利用料米子会社の配当米国債を買うODA(無償援助)外国人が日本株米国に工場建設
貿易収支±0経常収支±0金融収支±0記帳した取引0件

いまの日本は、モノの貿易では赤字なのに、国全体の経常収支は黒字です。取引のカードを帳簿へ入れて、その姿を再現してください。

単位は兆円。緑=黒字・朱=赤字(経常収支の区分)、金=対外資産の増減(金融収支。プラス=対外資産が増えた)。どのカードも2か所に同額が落ちるので、下の2本の柱はいつも同じ高さになる