マクロ経済●●●●○

国際金融のトリレンマ

Impossible Trinity ・ こくさいきんゆうのとりれんま

固定相場・自由な資本移動・独立した金融政策の3つは、同時に2つまでしか選べないという国際金融の制約

✦ 30秒で試す — 航海3つとも欲しいのに、どれか1つは必ず手放すことになるこの国が金利を海外より低く保つと、どうなる?予想してみる

概要

国際金融のトリレンマは、開かれた経済の通貨制度を考えるうえで最も強力な命題です。どの国も欲しがる3つの目標 — (1) 為替レートの安定(固定相場)、(2) 国境を越える自由な資本移動、(3) 自国の景気に合わせて金利を動かせる独立した金融政策 — は、同時には2つまでしか実現できず、3つ全部を選ぶことはできない、という制約です。英語では「不可能な三位一体」(Impossible Trinity)とも呼ばれます。

これは政策の巧拙の問題ではありません。金利の高い所へ動けばもうかるなら、お金は必ずそちらへ動く — 同じものの値段の差を見つけて利益を取る裁定取引の力が働く限り、逃れられない構造的な制約です。だからこそ、この命題は各国の通貨制度を分類する座標軸になります。日本や米国は固定相場を捨てて変動相場を受け入れ、香港は金融政策の独立を捨てて米ドルに固定し、戦後のブレトンウッズ体制は資本移動を規制しました。どの国の選択も「3つのうちどの2つを取り、どれを手放したか」として読み解けます。

なぜ生まれたか

19世紀の金本位制の時代、各国は固定相場と自由な資本移動を享受する代わりに、金融政策の自由を持ちませんでした。不況のさなかでも、金の流出を止めるためには利上げを迫られる — この苦しみは経験として知られていましたが、なぜそうなるのかを貫く論理はまだ言葉になっていませんでした。第二次世界大戦後のブレトンウッズ体制は逆に、資本移動を規制することで、固定相場と各国の金融政策の独立を両立させました。ところが1960年代にユーロダラー市場などを通じて国際的な資金の移動が復活すると、体制はきしみ始めます。

ちょうどこの時期、ロバート・マンデル(1963年)とマーカス・フレミング(1962年)は、資本が国境を越えて動く開放経済のモデルを分析し、「資本が自由に動く世界では、固定相場のもとで金融政策は効かなくなり、変動相場のもとで初めて効く」ことを示しました。この分析を「3つのうち2つ」という形に整理し、「トリレンマ」の名で広めたのは、モーリス・オブストフェルドとアラン・テイラーらの1990年代後半以降の研究です。彼らは19世紀からの通貨史を、この三角形の上で国々が立ち位置を移していく歴史として描き直しました。

この整理の力は、1990年代に試されます。資本移動を自由化しながら事実上のドル固定を続けた国々で、通貨危機が相次いだからです。金本位制の苦しみも、ブレトンウッズの設計も、資本自由化のあとの危機も、同じ1つの制約の違う現れだった — 散らばっていた歴史の経験を1枚の三角形にまとめたことが、この命題の功績です。

詳細

なぜ3つは両立しないのか — 裁定が抜け道を塞ぐ

論理は1つの思考実験で追えます。ある国が固定相場と自由な資本移動を保ったまま、不況対策として自国だけ金利を海外より2%下げたとしましょう。為替が固定されている(為替差益も差損もないと信じられている)なら、自国通貨を売って金利の高い外貨で運用すれば、誰でも確実に2%多くもうかります。この裁定を狙って資本が流れ出し、自国通貨に強い売りの圧力がかかります。

中央銀行外為市場投資家中央銀行外為市場投資家自国通貨に売りの圧力外貨準備が毎月減っていく出口は3つ — 金利を戻す・資本を規制する・固定をやめる景気対策で金利を海外より2%下げる自国通貨を売って高金利の外貨を買う固定レートを守るため外貨準備で自国通貨を買い支える金利差がある限り売りは止まらない

このとき中央銀行に残された道は限られています。外貨準備で自国通貨を買い支え続けることはできますが、準備は有限なので、金利差が続く限りいつか尽きます。尽きる前に取れる手は3つです。金利を海外と同じ水準に戻す(金融政策の独立を手放す)、資本の流出を規制する(自由な資本移動を手放す)、買い支えをやめて相場を動かす(固定相場を手放す)。変動相場にした場合は、自国通貨が安くなり、「いずれ戻るはずだ」という値上がりの見込みがちょうど金利差を埋めた所で流出が止まります。どの出口を選んでも、3つのうちどれかを差し出すことになります。

下の部品で確かめてください。金利のつまみを下げて時間を進めると、お金の粒が国境を越えて流れ出し、外貨準備の瓶が減っていきます。右上の三角形は、いま持っている目標を灯します。

⚡ 体験: 金利のつまみ・資本の門・為替のピンを動かして、どれが両立しないかを見る
自国海外海外の金利 4.00%自国の金利02468海外4.00%外貨準備24資本の門:開為替:固定100.0固定相場資本移動独自の金利2つ
金利差(海外−自国)±0.00%外貨準備24為替100.0
0か月

左の金利のつまみを下へドラッグして、▶で時間を進めてください。海外(4%)より低い金利にすると、お金がどこへ向かうでしょう。

左=自国(金利のつまみと外貨準備の瓶)、中央=国境(資本の門と為替のピン)、右=海外(金利4%で一定)。三角形は、いま持っている目標が灯る。下のグラフは自国通貨の価値(固定レート=100)と外貨準備の推移

三角形で見る各国の選択

トリレンマは、3つの目標を頂点とする三角形で描くのが定番です。各国が選べるのは3辺のどれか1つ、つまり「隣り合う2つの頂点の組み合わせ」で、そのとき向かいの頂点が手放したものになります。

固定相場為替レートの安定自由な資本移動お金の出入りを規制しない独立した金融政策自国の景気で金利を決める金本位制・香港・ユーロ圏手放したもの → 独立した金融政策ブレトンウッズ体制手放したもの → 自由な資本移動日本・米国・英国など変動相場の国手放したもの → 固定相場3つ同時は不可能選べるのはどれか1辺だけ
国際金融のトリレンマ — 選べるのは1辺(2つの頂点)だけで、向かいの頂点を手放す

左辺(固定相場+自由な資本移動)を選んだのが、金本位制の時代の各国や、1983年からカレンシーボード制で1米ドル=7.8香港ドル前後に固定している香港です。香港の金利は事実上、米国の金利に連動し、金融政策は米連邦準備制度に委ねています。ユーロ圏はさらに徹底していて、加盟国どうしの為替を「単一通貨」という究極の固定にし、金融政策を欧州中央銀行に一本化しました。右辺(固定相場+独立した金融政策)を選んだのが、資本移動の規制を前提にしたブレトンウッズ体制です。そして底辺(自由な資本移動+独立した金融政策)が、日本・米国など現代の主要国が選ぶ変動相場制です。為替は日々揺れ動きますが、その代わり中央銀行は自国の景気と物価だけを見て金利を決められます。

変動相場の代価は、2022年以降の日本が身をもって示しました。米国が急速に利上げする一方で、日本銀行は低い金利を続けました。独立した金融政策と自由な資本移動を保ったので、調整は為替が引き受け、円は1ドル=160円を超えるほど安くなりました。財務省は2022年と2024年に円買いの為替介入に踏み切りましたが、それは固定を目指したものではなく、変動の速さを和らげる一時的な手当てでした。

現実の多くの国は、どこかの辺にぴったり乗るのではなく、三角形の内側に立っています。中国は資本移動をかなり規制しつつ、人民元を一定の幅で管理しながら動かし、金融政策にも一定の自由を残しています。3つをそれぞれ少しずつ持つ「2つ半」の立ち位置で、規制が効いている限りこの組み合わせは保てます。

中途半端が最も危ない — 通貨危機への入り口

トリレンマの実務上の最大の教訓は、規制の効かない「3つ全部」を狙うと危ないということです。1990年代のタイや韓国は、事実上のドル固定を保ったまま資本移動を自由化し、そのうえで国内の事情に合わせた金融運営も続けようとしました。好況期には高い金利を求めて海外のお金が流れ込みますが、ひとたび信認が揺らぐと資本は一瞬で逆流し、固定相場は投機の集中砲火を浴びます。外貨準備が尽きて固定を放棄した瞬間、通貨は暴落する — 1997年のアジアの通貨危機は、トリレンマを無視した制度設計の帰結として教科書に刻まれました。この経験から「固定するなら通貨同盟やカレンシーボードで徹底的に固定するか、いっそ変動させるか、両極端しか長続きしない」という二極解仮説も論じられました。

現代の論点 — 三角形は二角形になったのか

近年は、この命題そのものも検証と拡張の対象になっています。経済学者エレーヌ・レイは2013年、世界の資金の流れや資産価格が米国の金融政策とリスク選好の波に一斉に揺さぶられる「グローバル金融サイクル」の力が強い現代では、変動相場制を採っていても小国の金融環境は米国に振り回される、と論じました。実質的な選択は「資本移動を受け入れるか、規制するか」の二択(ジレンマ)に近い、という主張です。これに対しては、変動相場の国のほうが米国の金利ショックの影響をやわらげられているという実証もあり、論争は続いています。IMF も、かつてはタブー視した資本規制を、2012年の「制度的見解」で条件付きの正当な政策手段と認めました。三角形のどこに立つかという古典的な問いは、国境を越えるお金の奔流のなかで通貨の主権をどう保つか、という現在進行形の問いに姿を変えています。

試問

不況に入った国の中央銀行です。為替は固定、資本の門は開いていて、外貨準備は24あります。

✦ 命題挑戦中

海外より2%低い金利を12か月保ち、しかも為替相場を最初の固定レートのまま乗り切れ

  • 海外より2%以上低い金利を12か月続けた(いま 0/12か月)
  • 為替は最初の固定レートのまま(ピンを抜かず、弾けさせない)
  • 外貨準備を半分以上残している
⚡ 体験: 金利を下げたまま、固定相場を1年守る
自国海外海外の金利 4.00%自国の金利02468海外4.00%外貨準備24資本の門:開為替:固定100.0固定相場資本移動独自の金利2つ
金利差(海外−自国)±0.00%外貨準備24為替100.0
0か月

不況です。海外より2%低い金利を1年続けたい。しかも為替は固定のまま守りたい。金利のつまみを下げ、▶で時間を進めてください。

左=自国(金利のつまみと外貨準備の瓶)、中央=国境(資本の門と為替のピン)、右=海外(金利4%で一定)。三角形は、いま持っている目標が灯る。下のグラフは自国通貨の価値(固定レート=100)と外貨準備の推移