オプション
Option ・ おぷしょん
決めた価格で買う・売る「権利」だけを売買する契約。義務のない非対称性で損益の形を組み替えられる
✦ 30秒で試す — 航海値上がりも値下がりも気にしない株主は、何を持っている?この3つを合わせた持ち物は、満期に何と同じ?予想してみる概要
オプションは、「将来の決められた期日に(または期日までに)、決められた価格で、ある資産を買う(または売る)権利」を売買する契約です。デリバティブ(金融派生商品)の代表格ですが、先物との決定的な違いは、買い手にあるのが義務ではなく権利だという点です。権利ですから、都合が悪ければ行使せずに捨ててかまいません。その代わり、権利を手に入れるために最初にプレミアム(オプションの代金)を払います。
たとえば「半年後に株式Aを1万円で買える権利」を500円で買ったとします。半年後に株価が1万2000円なら、権利を行使して1万円で買い、市場で売れば2000円、代金を引いて1500円の利益です。株価が8000円に下がっていたら、権利を捨てるだけで、損は最初の500円で止まります。「うまくいけば利益は大きく、失敗しても損は最初に払った額まで」— この損益の非対称がオプションの本質で、保険に似た性質を金融の世界にもたらします。そして、この「折れ曲がった損益」を部品として組み合わせると、保険も、賭けも、国債と同じ無リスクの資産さえも作れます。
なぜ生まれたか
将来の価格変動に備えたい、という切実な必要は古くからありました。デリバティブの先物契約はその答えの一つですが、先物には「価格が有利に動いたときも、約束した価格で取引しなければならない」という不便があります。値下がりに備えて小麦を先物で売った農家は、値上がりしても安値で売る義務を負います。悪い方向への備えは欲しいが、良い方向の可能性は手放したくない — この虫のいい願いに応えるのがオプションです。悪いシナリオだけを切り離して他人に引き受けてもらい、その対価を払う。これは保険の保険料と同じ発想です。
オプション的な取引そのものは古く、哲学者タレスがオリーブの豊作を見越して搾油機を借りる権利を先に押さえた、という逸話がアリストテレスの『政治学』に記されています。17世紀のアムステルダムでも株式のオプションが取引されていました。しかし長いあいだ、この「権利」にいくらの値段を付けるのが適正かは誰にも分かりませんでした。転機は1973年です。4月にシカゴ・オプション取引所(CBOE)が開設され、同じ年にフィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズが、ロバート・マートンの研究とともに、オプションの理論価格を導く式を発表しました。鍵は、オプションを株と借入の組み合わせで複製できれば、裁定取引の論理から値段が一つに決まる、という発想です。値付けの物差しができたことで市場は急成長し、1997年にはショールズとマートンがノーベル経済学賞を受けました(ブラックは1995年に亡くなっていました)。
詳細
コールとプット、買い手と売り手
オプションには2種類あります。「買う権利」がコール、「売る権利」がプットです。行使できる価格を行使価格(ストライク)、期限を満期と呼びます。それぞれに買い手と売り手がいるので、立場は4通りになります。コールの買い手は値上がりで、プットの買い手は値下がりで得をします。売り手は代金を受け取る代わりに、買い手が行使したら必ず応じる義務を負います。
損益図で見ると構造がはっきりします。下の図は、いま100円の株式について、行使価格100円・満期半年のコールを7.5円で買った場合の、満期の損益です(金利2%・ボラティリティ25%のときのブラック–ショールズの値段)。株価が100円以下なら権利を捨てるので損は7.5円で止まり、100円を超えると1円上がるごとに1円ずつ取り戻し、107.5円で損益がゼロになります。売り手の損益はこの図をちょうど上下に裏返した形で、利益は7.5円が上限なのに、損失には上限がありません。
行使のタイミングにも2つの型があります。満期日にしか行使できないのがヨーロピアン型、満期までいつでも行使できるのがアメリカン型です。日経225オプションのような株価指数のオプションはヨーロピアン型が多く、米国の個別株オプションの多くはアメリカン型です。配当のない株のコールは、満期前に行使するより市場で売るほうが得になるので、アメリカン型でも実質的にヨーロピアン型と同じ値段になります。
プット・コール・パリティ — 3つの部品で国債をつくる
オプションの損益は、株の直線と、行使価格で折れ曲がる線の足し算です。だから部品を組み合わせると、形を自由に組み替えられます。いちばん大事な組み合わせは、株を1株持ち、行使価格100円のプットを買い、同じ行使価格のコールを売るものです。値上がりすればコールが行使されて株は100円で引き取られ、値下がりすればプットを行使して100円で売れます。どちらに転んでも、満期に確実に100円を受け取る — つまり、この組み合わせは満期100円の国債と同じものです。
国債と同じものは、国債と同じ値段でなければなりません。ここから、コールとプットの値段の差は「株価 − 行使価格を金利で割り引いた額」に等しい、というプット・コール・パリティが出てきます。もしコールが割高なら、コールを売り、プットと株を買い、足りない分を借りれば、元手なしで確実な利益が出ます。市場でこの関係からずれた値段がすぐに消えるのは、裁定取引がこの形を常に見張っているからです。コールとプットは別々の商品に見えて、株と金利を通じて値段が縛り合っています。
部品で確かめてください。パレットから脚を図へドラッグして置き、行使価格のひし形を左右に滑らせると、合計の損益の線が折れ曲がります。「形の例」で保険つきの株やストラドルを呼び出してから、脚を外したり足したりしてみてください。
右のパレットから コールを買う を図の上へドラッグしてみてください。置いた所が行使価格になり、金の線(満期の損益)が折れ曲がります。
現在の株価100円、満期まで半年、金利2%、ボラティリティ25%。オプションの代金はブラック–ショールズで計算。金の太線=満期の損益の合計、細線=脚ごとの損益、x軸上のひし形=行使価格(左右に動かせる)
プレミアムはどう決まるか — 複製とデルタ
プット・コール・パリティは、コールとプットの値段の「差」しか決めません。1つのオプションの値段そのものを決めたのが、ブラック–ショールズの式です。発想の核は複製です。コールの値段は株価が1円動くと一定の額だけ動きます。この感応度をデルタと呼びます(いまの例のコールならデルタは約0.56で、株価が1円上がるとコールは約0.56円上がります)。コールを1単位売り、株をデルタ分だけ持てば、短い時間のあいだは株価がどちらに動いても損益が打ち消し合います。株価が動くたびにデルタに合わせて株の量を調整し続ければ、オプションの損益は株と借入の組み合わせで作り出せます。作り出すのにかかる費用と違う値段が付いていれば裁定で抜かれるので、値段は複製の費用に一致するはずだ — 将来の株価がどちらに動くかを予想せずに値段が決まるところが画期的でした。オプションを売った証券会社が、同じ考え方で株を売り買いしてリスクを消すことをデルタ・ヘッジと呼びます。
式によれば、値段を動かすのは、株価と行使価格の関係、満期までの時間、金利、そしてボラティリティ(値動きの激しさ)です。とりわけ重要なのがボラティリティで、値動きが激しいほど「大きく上がる」可能性が増える一方、下振れの損は権利を捨てれば代金で止まるので、権利の価値は高くなります。実務では逆に、市場で付いている値段から逆算したインプライド・ボラティリティが、市場の不安の温度計として使われます。「恐怖指数」と呼ばれるVIX指数は、S&P500のオプションの値段から計算されています。
式の前提が崩れる所 — ボラティリティ・スマイル
ブラック–ショールズの式は、ボラティリティが一定で、株価の変化率が正規分布に従い、いつでもコストなしに売買できる、と仮定しています。現実はそうなっていません。1987年10月のブラックマンデー(米国株が1日で2割あまり下落)の後、株価指数のオプションでは、行使価格が低い(大暴落のときだけ価値が出る)プットほど、逆算したボラティリティが高くなりました。行使価格を横軸に取るとボラティリティが片側に持ち上がった曲線になり、これをボラティリティ・スマイル(株では片側に傾くのでスキュー)と呼びます。市場は、正規分布が示すよりも大暴落がずっと起きやすいことを、保険としてのプットの値段に織り込んでいるのです。式はいまも共通の物差しとして使われていますが、実務家はスマイルを入力として与えて、前提のずれを補正しています。
実務での使いどころと落とし穴
オプションの用途は大きく3つあります。第一にヘッジです。持っている株の値下がりに備えてプットを買えば、暴落しても行使価格で売る権利が損失を止めます。これはポートフォリオにかける保険そのものです。第二に投機で、少ない代金で大きな値動きに賭けられるので、実質的に高いレバレッジがかかります。第三に代金の受け取りを狙う戦略で、持っている株を担保にコールを売って利回りを上乗せするカバードコールが代表例です。企業が役員や社員に自社株を決まった価格で買える権利を与えるストックオプションも、コールの応用です。
初心者が誤解しやすいのは、「損失限定」は買い手だけの話だという点です。売り手は代金という確実な小銭と引き換えに、まれに来る巨大な損失を引き受けています。平時にはこつこつ儲かるので安全に見えますが、暴落のときに一晩で退場に追い込まれる例は後を絶ちません。1995年にベアリングス銀行を破綻させた取引にも、日経平均のオプションの売りが含まれていました。買い手の側にも、時間がたつほど権利の価値が目減りしていく重力(タイムディケイ)が働きます。予想の方向が当たっても、動くのが遅ければ損をするのがオプションです。権利という非対称は魔法ではなく、リスクとリターンの形を組み替えて、誰かに対価を払って引き受けてもらう仕組みだ — この見方が、オプションを道具として使いこなす出発点になります。
試問
株を1株持っています。この株は外せません。コールとプットだけを足して、株価の上下に左右されない損益をつくってください。
株を1株持っています(外せません)。右のパレットからコールやプットを図へドラッグして、金の線を水平にしてください。
現在の株価100円、満期まで半年、金利2%、ボラティリティ25%。オプションの代金はブラック–ショールズで計算。金の太線=満期の損益の合計、細線=脚ごとの損益、x軸上のひし形=行使価格(左右に動かせる)
