日本の音階
Japanese Scales ・ にほんのおんかい
都節・律・民謡・沖縄の4音階に整理される日本音楽の音選び。5音が基本
概要
日本の音階とは、雅楽・箏曲・民謡・わらべうた・琉球音楽といった日本の伝統音楽で使われてきた音選びの体系です。音楽学者・小泉文夫の整理によって、都節(みやこぶし)音階・律(りつ)音階・民謡音階・沖縄音階の4種類に分類するのが現在の標準的な見方になっています。いずれも1オクターブに5音を基本とするペンタトニックですが、同じ5音でも音の選び方が異なり、それぞれまったく違う表情を持ちます。
「さくらさくら」の雅やかで陰影のある響き、民謡「ソーラン節」の骨太な明るさ、沖縄民謡の南国的な華やかさ — これらの違いは、まさにどの音階に基づいているかの違いです。西洋の長音階・短音階とは別の原理で組み立てられているため、西洋音楽の枠組みだけでは捉えきれない音楽ですが、その構造は後述するテトラコルド理論によって驚くほど整然と説明できます。
なぜ生まれたか
音階そのものは理論より先に、歌と楽器の実践の中で自然に育ちました。問題は、それを「説明する理論」のほうです。明治期に西洋音楽の理論が輸入されると、日本の伝統的な旋律を長音階・短音階の枠に当てはめて説明しようとする試みが始まりましたが、うまくいきませんでした。西洋の長音階は主音を中心とする7音の重力体系ですが、日本の旋律は5音が基本で、しかも旋律の「落ち着き先」が西洋の主音とは違う原理で決まっていたからです。明治期には上原六四郎が『俗楽旋律考』で陰旋法・陽旋法という2分類を提案しましたが、実際の民謡や琉球音楽までは覆いきれませんでした。
これを解決したのが、小泉文夫『日本伝統音楽の研究』(1958年)のテトラコルド理論です。小泉は、日本の旋律の骨組みが「完全4度の枠をなす2つの核音と、その間に置かれる1つの中間音」という3音の単位(テトラコルド)でできていることを見抜きました。中間音をどこに置くかで4種類のテトラコルドが生じ、それを2つ連結したものが4つの音階になる — この一撃で、雅楽から沖縄民謡までを同じ原理の変種として説明できるようになったのです。西洋理論の借り物ではなく、日本音楽自身の構造から導かれた理論という点で画期的でした。
詳細
テトラコルドという単位
テトラコルドとは、完全4度(半音5個分)の音程の枠を作る2つの「核音」と、その間に挟まれる1つの「中間音」からなる3音の単位です。核音は旋律の支点であり、フレーズの終わりに落ち着く音です。一方、中間音は装飾的で位置が動きやすい音です。中間音を下の核音から半音上に置けば都節型、全音上なら律型、短3度上なら民謡型、長3度上なら沖縄型となり、この4種類のテトラコルドを同じ型どうし2つ、全音の隙間を挟んで積み上げると(たとえばミ〜ラの枠とシ〜ミの枠)、1オクターブの5音音階が完成します。
4つの音階の顔ぶれ
都節音階は中間音が核音の半音上に来る音階で、「ミ・ファ・ラ・シ・ド」のような並びです。箏曲や地歌・三味線音楽など江戸期の都市音楽で使われ、「さくらさくら」に聞かれる陰影のある雅な響きを持ちます。律音階は中間音が全音上で「レ・ミ・ソ・ラ・シ」のような並びとなり、雅楽や声明(仏教の詠唱)の澄んだ響きの土台です。民謡音階は短3度上に中間音を置く「ド・ミ♭・ファ・ソ・シ♭」型で、日本各地の民謡やわらべうたの大部分を占めます。ロックやブルースで使うマイナーペンタトニックと同じ音の集合になるのは面白い偶然で、日本民謡がロックのリフと不思議に馴染む理由でもあります。そして沖縄音階は長3度上に中間音を置く「ド・ミ・ファ・ソ・シ」型で、半音を含む華やかな響きが琉球音楽を特徴づけています。
西洋理論との違い — 中心音と可変性
日本の音階を扱ううえで重要なのは、西洋の調の感覚をそのまま持ち込まないことです。西洋音楽では主音がただ1つの中心ですが、テトラコルドの体系では核音が複数あり、旋律はそのいずれにも着地できます。同じ音の集合でもどの核音で終わるかによって表情が変わり、「主音は何か」という問い自体が必ずしも意味を持ちません。さらに、中間音は固定された音ではなく、旋律の上行・下行で高さが変わることがあります。たとえば箏や三味線の音楽では、下行のときは都節型の半音の中間音が使われ、上行では律型・民謡型寄りの音に置き換わる現象が知られており、明治期の陰旋法の議論を混乱させたのもこの可変性でした。音階を固定した音のリストではなく「核音の骨組み+動く中間音」として捉えるのが、テトラコルド理論の核心です。
実務での使いどころ
現代の作曲・編曲でも、日本の音階は「和風」の表現の基本語彙です。ゲーム音楽や映像音楽で和の場面を描くとき、都節音階を使えば古都の陰影、民謡音階なら祭りや里山の素朴さ、沖縄音階なら南島の開放感と、音階の選択だけで場面の空気を作り分けられます。注意したいのは、明治以降の唱歌や演歌でおなじみの「ヨナ抜き音階」(長音階から第4・7音を除いた「ドレミソラ」)との混同です。ヨナ抜きは西洋の長音階を母体とする5音音階で、伝統的な4音階とは出自が異なりますが、律音階と同じ音の集合になるため響きは地続きです。もう1つの落とし穴は、和声付けです。これらの音階は西洋の和音の体系を前提としていないため、三和音を機械的に当てると響きの繊細さが消えがちです。核音を保続音のように鳴らす、4度堆積の和音を使うなど、音階の骨組みを尊重した和声設計が効果的です。
