十二音技法
Twelve-tone Technique ・ じゅうにおんぎほう
12音を平等に一度ずつ使う音列で作曲する方法。無調に秩序を与える試み
概要
十二音技法は、シェーンベルクが1921年頃に確立した作曲方法で、半音階の12音をすべて一度ずつ並べた「音列(セリー)」を作品の設計図とし、そこから旋律も和声もすべてを導き出す技法です。原則として、音列の12音を使い切るまで同じ音を繰り返さないため、どの音も他の音より頻繁に鳴ることがなく、特定の音が中心(主音)として浮かび上がることを構造的に防ぎます。
一見すると数学パズルのようですが、ねらいは明快です。無調音楽は調の重力を捨てた代わりに、作品をまとめ上げる骨組みを失っていました。十二音技法は「あらかじめ決めた音の順序」という人工の骨組みを与えることで、無調のまま大規模な器楽作品を書くことを可能にしました。シェーンベルク自身の言葉を借りれば「相互にのみ関係づけられた12音による作曲法」— 主音との関係ではなく、音同士の順序関係だけで音楽を組織する方法です。20世紀のクラシック音楽に決定的な影響を与え、戦後の前衛音楽の出発点となりました。
なぜ生まれたか
1908年頃に調性を離れたシェーンベルクと弟子たちは、10年あまり「自由な無調」で作曲を続けましたが、深刻な問題に直面していました。調性音楽では、転調の計画と終止の配置がソナタのような大建築の設計図の役割を果たしていました。その設計図を失った無調では、直感だけを頼りに書くしかなく、作品は数分の小品か、歌詞という外部の支えを持つ声楽曲に偏っていきます。「無調で交響曲や弦楽四重奏曲は書けるのか」— これが1910年代の切実な問いでした。
シェーンベルクの答えが音列でした。12音の並び順をあらかじめ決めておけば、それは調に代わる作品固有の「法」となり、旋律・和声・対位法のすべてを一つの源から導けます。しかも全音が平等に循環するので、意図せず調の中心が生まれてしまう事故も防げます。1923年の「ピアノのための組曲」作品25で技法は全面的に適用され、以後シェーンベルクは十二音技法によって協奏曲や弦楽四重奏曲といった大規模形式へ回帰していきました。自由の獲得(無調)と秩序の再建(十二音)は、一続きの物語なのです。
詳細
音列という設計図
作曲は音列の設計から始まります。12音の並べ方は約4億7900万通り(12の階乗の順列)あり、どの順序を選ぶかが作品の性格をほぼ決めます。音列は具体的な音の高さではなく順序の抽象で、各音はどのオクターブに置いてもよく、リズムも自由です。ここで重要なのは、音列が実質的に音程の連鎖だということです。半音・3度・増4度をどんな順で含むかによって、そこから生まれる響きの辛口・甘口が決まります。ベルクがヴァイオリン協奏曲(1935年)で用いた音列は3度の積み重ねを多く含み、無調技法でありながら調性的な甘い響きを漂わせる — 音列設計の妙を示す有名な例です。
4つの変形と48の形
1つの音列(原形 P)からは、3つの変形が導かれます。音程の上下を鏡写しにした反行形(I)、順序を逆から読む逆行形(R)、その両方を施した逆行反行形(RI)です。さらにそれぞれを12の高さに移調できるので、1つの音列は最大48の形を持ちます。作曲家はこの48の形を、調性音楽における「近親調への転調」のように使い分けながら音楽を展開します。反行や逆行は、実はカノンやフーガで古くから使われてきた対位法の変形操作そのものです。十二音技法は突然変異ではなく、バッハ以来の主題変形の伝統を、調の代わりに構造原理へ昇格させたものだと言えます。
音列から音楽へ
音列は「順番に単音で鳴らさなければならない」わけではありません。音列の連続する数音を同時に鳴らせば和音になり、音列を複数の声部に分配すれば対位法的な織物になります。旋律に使うか和声に使うか、どのオクターブに散らすか、どんなリズムを与えるかはすべて作曲家の自由で、音列は音楽そのものではなく統一を保証する下部構造です。同じ音列からでも、シェーンベルクの濃密な表現、ウェーベルンの点描のように音を切り詰めた透明な書法、ベルクの抒情と、まったく異なる音楽が生まれました。ウェーベルンは音列自体を対称的に設計し(後半が前半の変形になっているなど)、動機レベルの緻密さを極限まで推し進めています。
セリエリズムへの拡張
第二次大戦後、若い世代は十二音技法を急進化させます。音高だけでなく、音の長さ(音価)・強弱・アタックまでも音列と同様の系列(セリー)で統制する「トータル・セリエリズム」が、ブーレーズ、シュトックハウゼン、米国のバビットらによって追求されました。メシアンの「音価と強度のモード」(1949年)がその引き金とされます。あらゆるパラメータを事前に決定するこの徹底ぶりは、逆説的に「すべてが統制された音楽は、すべてが偶然の音楽と聴感上区別がつかない」という批判も呼び、ケージらの偶然性の音楽と対をなす戦後前衛の一極となりました。十二音技法はまた、意外な場所でも活躍しています。ジェリー・ゴールドスミスら映画音楽の作曲家は、恐怖や異常性の場面で十二音的な書法を効果的に使い、この技法の語彙は劇伴を通じて大衆文化にも浸透しました。
誤解と限界
十二音技法には根強い誤解があります。第一に「機械的に音を並べるだけで曲ができる」— 実際には音列の設計にも、48形の選択にも、リズムや音色の造形にも、作曲家の耳と判断が絶えず働きます。技法が保証するのは統一であって、質ではありません。第二に「十二音=耳障りな音楽」— 前述のベルクのように、音列の設計次第で響きは大きく変わります。一方で限界の指摘も重要です。12音が平等に循環する音楽は、聴き手が音列そのものを聴き取ることがほぼ不可能で、構造の知的な精緻さと聴感上の把握しやすさが乖離しがちです。調性の終止のような普遍的な句読点を持たないため、多くの聴衆にとって親しみにくいままでした。1970年代以降、音楽は調性の再評価やミニマリズムなど多様な方向へ進みましたが、「音楽の秩序は自然の与件ではなく設計できる」ことを示した十二音技法の思想は、その後のあらゆる音楽理論の前提を変えた革命として音楽史に刻まれています。
