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現在価値

Present Value ・ げんざいかち

将来受け取るお金を割引率で今の価値に引き直す考え方。時期の違うお金を比べ、資産の値段を決める土台

✦ 30秒で試す — 航海合計550万円より、今の500万円のほうが重いことがある今の値打ちで比べると、得なのはどちら?予想してみる

概要

現在価値とは、将来受け取るお金を「今の時点ならいくらに相当するか」に換算した金額のことです。今日の100万円と1年後の100万円は同じ価値ではありません。今日の100万円は、預けたり貸したりすれば1年後には金利の分だけ増えているからです。年利5%なら、1年後の100万円は今の約95.2万円に相当します(95.2万円を5%で1年運用するとちょうど100万円になります)。この換算を「割り引く」と呼び、換算に使う利率を割引率と呼びます。

現在価値が強力なのは、受け取る時期がばらばらなお金を、すべて「今の価値」という共通のものさしに揃えて足し引きできるようになる点です。「毎年200万円の家賃を生む物件を5,000万円で買うべきか」「10年後に満期を迎える債券は今いくらが妥当か」「この事業に投資する価値はあるか」— こうした問いはすべて、将来のお金の流れを現在価値に割り引いて合計し、今払う金額と比べる、という同じ手順で答えが出ます。実務ではこの手法を DCF 法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)と呼び、資産を評価する世界標準の方法になっています。

なぜ生まれたか

現在価値という道具がなかったころ、時期の違うお金を比べる筋の通った方法がありませんでした。「今500万円もらう」のと「5年間、毎年110万円ずつもらう」のはどちらが得でしょうか。額面の合計なら後者(550万円)が多く見えますが、前者はすぐに運用に回せます。額面の合計で比べる素朴なやり方は、お金が時間とともに増えるという事実を無視していて、期間の長い選択肢ほど実際より有利に見せてしまいます。退職金や年金を一括で受け取るか分割で受け取るか、設備を買うか借りるか — 実務のいたるところでこの比較が必要なのに、勘と経験に頼るしかなかったのです。

割り引くという発想そのものは古く、中世の商人は満期前の手形を額面より安く買い取る「手形割引」を日常的に行っていました。将来のお金を今受け取るなら目減りする、という感覚は実務に根づいていたのです。これを「複利の将来価値の計算を逆向きに回したものが現在価値だ」と理論として整え、あらゆる投資判断の共通の土台にしたのは20世紀の経済学でした。アーヴィング・フィッシャーは『利子論』(1930年)で、金利を「今の消費と将来の消費の交換比率」として体系化しました。ジョン・バー・ウィリアムズは『投資価値理論』(1938年)で、「株式の価値は将来の配当の現在価値の合計である」と定式化しました。時期の違うお金を比べるという古い難問は、「すべて今の価値に引き直してから比べる」という一つの手順に還元されたのです。

詳細

割引の仕組み — 複利を逆回しにする

割引率を r とすると、n 年後に受け取る金額 C の現在価値は C ÷ (1 + r)ⁿ です。複利の将来価値が P×(1 + r)ⁿ と「掛けて」増やすのに対し、現在価値は「割って」戻します。同じ式の逆向きの計算です。遠い将来のお金ほど割る回数が増えるので、現在価値は小さくなります。割引率5%なら、10年後の100万円は約61.4万円、30年後の100万円は約23.1万円の価値しかありません。

今1年後2年後3年後100万円100万円100万円÷ 1.05÷ 1.05²÷ 1.05³95.290.786.4++現在価値の合計272.3万円額面の合計は300万円単位: 万円。受け取りが遠いほど割る回数が増え、円が小さくなる1年後 −4.8%、2年後 −9.3%、3年後 −13.6%
割引の構造(割引率5%)— 将来の各時点のお金を、それぞれ受け取るまでの年数だけ割ってから合計する。円の面積は金額に比例し、点線は額面100万円の大きさ

割引率には通常、「同じくらいの確実さで得られる別の運用のリターン」を使います。将来のお金を待つあいだ、そのお金で得られたはずの運用益をあきらめている — つまり割引率の正体は機会費用です。土台になるのは安全な資産の金利(典型的には国債の利回り)で、受け取りが不確実なお金にはさらに上乗せをして割り引きます。この上乗せは、リスクとリターンで扱うリスクプレミアムそのものです。

数字で比べる — 500万円か、110万円×5年か

冒頭の問いを実際に計算してみましょう。割引率5%で「5年間、毎年110万円」を割り引くと、110/1.05 + 110/1.05² + … + 110/1.05⁵ ≈ 476.2万円です。今すぐの500万円のほうが約24万円得になります。割引率が3%なら同じ計算で約503.8万円となり、今度は分割のほうがわずかに得です。どちらが得かは額面ではなく割引率で決まり、ちょうど釣り合うのは割引率約3.3%のときです。手元のお金を3.3%より高い利回りで運用できる人(あるいは借金の金利が高い人)は一括を、そうでない人は分割を選ぶのが合理的です。

下の部品で確かめてください。上の曲線は「t 年後の1円が今いくらか」を表し、その右端をつかんで上下させると割引率が変わります。遠い年のコインほど大きく縮み、左下の天秤が傾きます。下の曲線は割引率ごとの B − A で、ゼロと交わる点が釣り合う割引率です。

⚡ 体験: 割引率と受け取る時期を動かして、今の価値を比べる
t年後の1円は今いくらか10今12345678910年後A 今すぐ一括500万円を1回B 毎年の受け取り110万円を5回500105100959086A500.0万B476.2万B − A の現在価値(割引率ごと)0%4%8%12%r = 5.0%
割引率5.0%10年後の1円0.61円A の現在価値500.0万円B の現在価値476.2万円A が重い23.8万円

上の曲線の右端(金のつまみ)を上下に動かすと割引率が変わり、遠いコインほど大きく縮みます。下のコインを左右にずらして、受け取る時期を変えることもできます。

点線の輪=額面、中の金の円=今の価値(面積が金額に比例)。上の曲線=t年後の1円が今いくらか(1÷(1+r)^t)。天秤には現在価値の合計が載る

資産の値段は現在価値でできている

現在価値は評価の理論であると同時に、市場で付く値段の成り立ちの説明でもあります。債券の価格は、将来受け取る利子と元本を利回りで割り引いた現在価値そのものです。金利が上がると既発債の価格が下がるのは、分母の (1 + r)ⁿ が大きくなるからです。株式の理論価格も、企業が将来生み出す配当(あるいは自由に使える現金)の現在価値の合計として説明されます。毎年 C を受け取り、それが毎年 g の率で伸びていくなら、その現在価値の合計は C ÷ (r − g) という簡単な式になります(成長永久年金)。配当100円、割引率8%、成長率2%なら 100÷0.06 ≈ 1,667円です。

この式から、2つのことが分かります。第一に、金利が上がると、利益が遠い将来に偏った成長企業ほど株価が大きく下がります。遠いキャッシュフローほど割引率の変化に敏感だからです。第二に、中央銀行が政策金利を動かすと、割引率の土台が動いて、債券・株式・不動産の値段が一斉に動きます。利上げのニュースで市場全体が揺れる理由は、この一本の式に集約されています。

投資判断の道具 — NPV と IRR

事業や設備への投資判断では、将来のキャッシュフローの現在価値の合計から初期投資額を引いた「正味現在価値(NPV)」を使います。NPV がプラスならその投資は割引率(同じリスクの代替運用)を上回る価値を生むので実行し、マイナスなら見送る、というのが標準の判断ルールです。回収に何年かかるかだけを見る回収期間法や、額面の合計で比べる方法と違い、NPV はお金の時間価値とリスクの両方を織り込めます。企業の買収価格の算定でも、公共事業の費用便益分析でも、中心にあるのはこの計算です。

NPV とよく並べて使われるのが内部収益率(IRR)、つまり NPV がちょうどゼロになる割引率です。上の例の約3.3%がそれにあたります。IRR は「年何%の投資か」という直感的な数字になる反面、落とし穴があります。キャッシュフローの符号が途中で2回以上入れ替わる事業(最後に大きな撤去費用がかかる鉱山など)では IRR が複数出てきて意味を失います。また、規模を無視するので、10万円を50%で回す案と1億円を20%で回す案を比べると、IRR では前者が勝ちますが、生み出す価値(NPV)は後者が圧倒的に大きくなります。迷ったら NPV で判断するのが原則です。

落とし穴 — 精密な式に粗い数字を入れる危うさ

現在価値の計算は数学としては単純ですが、実務では入れる数字の質がすべてです。第一の落とし穴は、将来キャッシュフローの予測が楽観に流れることです。10年先の売上を正確に予測できる人はいないのに、スプレッドシートの数字は精密に見えてしまいます。第二に、割引率のわずかな違いが結果を大きく揺らすことです。企業の DCF 評価では、予測期間より先のすべての価値をまとめた「ターミナルバリュー」が評価額の半分以上を占めることも珍しくなく、そこに入る r − g の小さな差が評価額を数十%動かします。DCF は正解を出す機械ではなく、どの仮定が結論を左右しているかをあぶり出す思考の枠組みとして使うのが健全です。第三に、名目と実質の混同です。キャッシュフローをインフレーション込みの名目で見積もるなら割引率も名目で、実質なら実質で揃えなければ、二重に割り引いたり割り引き忘れたりします。

もう一つ、人間そのものの割引は、この式どおりには動きません。指数関数の割引では「今日と明日の差」も「1年後と1年後の翌日の差」も同じ比率で割り引かれますが、実際の人は目の前の差を極端に大きく感じ、遠い将来の差はほとんど気にしません(双曲割引)。そのため、「1年後の1万円より1年と1日後の1万100円」を選ぶ人が、「今日の1万円と明日の1万100円」では今日を選ぶ、という選好の逆転が起きます。これが現在バイアスで、貯蓄や積立が続かない理由の一つです。また、遠い将来ほど価値を小さく見る割引の性質は、気候変動対策のように100年先の便益を扱う議論では「将来世代の利益をどこまで軽く見てよいのか」という倫理的な論点にもなり、割引率の選び方そのものが大きな論争になっています。

試問

「今すぐ500万円」と「5年間、毎年110万円」のどちらを受け取るかを迷っています。いまの割引率は8%です。

✦ 命題挑戦中

割引の曲線を動かして、「今すぐ500万円」と「5年間毎年110万円」の現在価値がちょうど釣り合う割引率を見つけよ

  • 天秤が水平(2つの現在価値の差が1.5万円未満)
  • つまみから手を離している
⚡ 体験: 割引率を動かして、2つの受け取り方を釣り合わせる
t年後の1円は今いくらか10今12345678910年後A 今すぐ一括500万円を1回B 毎年の受け取り110万円を5回50010294878175A500.0万B439.2万r = 8.0%
割引率8.0%10年後の1円0.46円A の現在価値500.0万円B の現在価値439.2万円A が重い60.8万円
割引率

いまの割引率では、どちらが得でしょう。上の曲線の右端(金のつまみ)か下の割引率のボタンで割引率を動かして、天秤が水平になる所を探してください。

点線の輪=額面、中の金の円=今の価値(面積が金額に比例)。上の曲線=t年後の1円が今いくらか(1÷(1+r)^t)。天秤には現在価値の合計が載る