音と音程●●○○○

うなり

Acoustic Beatうなり

わずかに高さの違う2音が干渉して生む周期的な音量の揺れ。調律の耳の道具

概要

うなりとは、高さがわずかに違う2つの音を同時に鳴らしたときに聞こえる、「ワーン、ワーン」という周期的な音量の揺れのことです。たとえば440ヘルツと442ヘルツの音を重ねると、音の高さ自体はほぼ同じ1つの音に聞こえますが、その大きさが1秒間に2回、膨らんではしぼむのがはっきり分かります。2つの音波が重なり合って起こる干渉という物理現象で、楽器を合わせた経験のある人なら誰でも一度は耳にしています。

重要なのは、うなりの速さが2音の周波数の差そのものだということです。差が大きいほどうなりは速くなり、差がゼロ——つまり2音の音高が完全に一致すると、うなりは消えます。この「ズレの量が耳で数えられる速さに変換される」という性質のおかげで、うなりは単なる物理現象を超えて、楽器の調律における最も精密な「耳の測定器」として使われてきました。

なぜ生まれたか

うなりは人間が発明したものではなく、波の重ね合わせから必然的に生じる自然現象です。しかし「なぜこの語彙が音楽理論に収録されているのか」には明確な理由があります。電子チューナーも周波数カウンタもない時代、2つの音の高さがどれだけずれているかを知る手段は耳しかありませんでした。ところが人間の耳は「この音は441ヘルツだ」と絶対値を言い当てることはできません。その耳が唯一、驚くべき精度で検出できるのが、2音を同時に鳴らしたときのうなりの有無と速さなのです。

うなりが完全に消えた瞬間、2音は物理的に一致しています。逆に「1秒に1回のうなり」が聞こえれば、ずれはちょうど1ヘルツです。つまりうなりは、ずれの量を時間の刻みとして耳に見せてくれる天然の計測器であり、この性質を利用して、オルガンやピアノの調律は何世紀にもわたり耳だけで高精度に行われてきました。

詳細

仕組み — 波の足し算が音量の揺れになる

周波数がわずかに異なる2つの波を足し合わせると、両者の山と山が重なる瞬間は互いに強め合って振幅が倍になり、少し時間が経つと山と谷が重なって打ち消し合い、ほぼ無音になります。この強め合いと打ち消し合いが交互に訪れるため、合成波は「速い振動(2音の平均の高さ)」に「ゆっくりした音量の膨らみ(包絡線)」がかぶさった形になります。うなりの周波数は2音の周波数の差に等しく、440ヘルツと442ヘルツなら毎秒2回です。

音A の波形音B の波形 — Aよりわずかに高いA + B の合成波 — 音量がゆっくり揺れる打ち消し合い(小)打ち消し合い(小)強め合い(大)
うなりの発生 — 8ヘルツと10ヘルツの波を重ねると、差の2ヘルツで音量が揺れる(図は低い周波数で誇張)

調律の現場でのうなり

うなりの実践的な使い方は2段階あります。まずユニゾン(同じ高さ)やオクターブを合わせるときは、うなりが完全に消えるまで片方の音を寄せていきます。うなりがゼロ=一致、というシンプルな判定です。興味深いのは第2段階で、平均律のピアノを調律するときには、逆に「うなりを狙った速さで残す」技術が使われます。平均律の完全五度は純正な3:2よりわずかに狭く、中央域ではおよそ1〜2秒に1回のゆっくりしたうなりを生じます。調律師はこのうなりの速さを数えることで、「純正からどれだけずらすか」を耳だけで定量的に制御しているのです。

倍音同士のうなり — 単音ではない音程でも聞こえる理由

ここで1つ疑問が湧きます。ドとソのように周波数が大きく離れた2音では、基音同士の差は数十〜数百ヘルツもあり、うなりとしては速すぎて聞こえないはずです。それでも五度のずれがうなりとして聞こえるのは、実際の楽器の音が倍音列を含んでいるからです。ドの第3倍音とソの第2倍音は、五度が純正3:2ならぴったり同じ周波数で重なります。五度がずれると、この共通の倍音同士の間にうなりが発生するのです。つまりどんな音程でも、両者の倍音がぶつかり合う場所を探せば、ずれをうなりとして聴き取れます。純正律の和音が「静か」に感じられるのは、主要な倍音同士のうなりが消えているからで、うなりの多寡は協和と不協和の感覚を説明する有力な手がかりにもなっています。

落とし穴と限界

うなりを使うときの注意点も押さえておきましょう。第一に、うなりが聞こえるのは差がおおむね毎秒15〜20回程度までで、それ以上速くなると音量の揺れではなく「ざらつき」として知覚され、さらに離れると2つの別の音として分離して聞こえます。第二に、うなりの速さは周波数の差(ヘルツ)に比例するのであって、音程の量(セント)に比例するのではありません。同じ「毎秒2回のうなり」でも、低音域では大きな音程のずれを、高音域ではごく小さなずれを意味します。ピアノの調律で音域ごとにうなりの目標速度が変わるのはこのためです。合奏の前にコンサートピッチへ音を合わせる場面でも、最後の微調整で頼りになるのは結局この現象であり、うなりは今も、電子チューナーと並んで生きている「耳の道具」です。