音と音程●●○○○

音律

Tuning Systemおんりつ

12音それぞれの高さをどう決めるかの体系。協和と転調可能性のトレードオフ

概要

音律とは、1オクターブの中にある12の音それぞれの高さ(周波数)を、互いにどんな比率で配置するかを定めた体系です。音階が「12音の中からどれを使うか」の選択だとすれば、音律はその手前にある「そもそも12音の高さをどこに置くか」という設計図です。ドとソの音程を周波数比でいくつにするか、半音の幅をすべて同じにするか場所によって変えるか——そうした決定の集合が1つの音律になります。

ピアノの調律、ギターのフレット位置、シンセサイザーの発音周波数——固定された音高を持つ楽器はすべて、背後に何らかの音律を前提にしています。現代の音楽のほとんどは平均律という1つの音律の上に載っているため普段は意識されませんが、平均律は唯一の正解ではなく、数百年にわたる試行錯誤の末に選ばれた「妥協案の1つ」です。その競争の歴史を知ると、「なぜ平均律の和音は微妙に濁っているのか」「なぜ古楽の録音は響きが違うのか」といった疑問が一本の線でつながります。

なぜ生まれたか

2つの音がよく溶け合うのは、周波数が2:1(オクターブ)や3:2(完全五度)のような単純な整数比になるときです。これは倍音列の重なりから来る物理現象で、協和の根拠でもあります。ならば12音すべてを純粋な整数比で敷き詰めればよさそうなものですが、ここに罠があります。純正な比を積み重ねていくと、どう組み合わせても1オクターブの中でぴったり閉じず、必ず微小な余りが出るのです。つまり「すべての五度も三度も純正な12音」は数学的に作れません。

歌や擦弦楽器のように音高をその場で微調整できる演奏なら、この矛盾は奏者の耳が吸収できます。しかしオルガンやチェンバロのような鍵盤楽器は、1音1音の高さを事前に固定しなければなりません。さらに音楽が転調を多用するようになると、「よく使う調だけきれいならよい」では済まなくなりました。避けられない誤差をどの音程に、どれだけ負担させるか——その配分の設計こそが音律という営みです。

詳細

問題の核心 — 純正な比は閉じない

矛盾の正体を1つだけ挙げると、純正な完全五度3:2を12回積み上げた高さは、オクターブ2:1を7回積み上げた高さと一致せず、約23.5セント半音の約4分の1)だけ高くなります。この余りがコンマと呼ばれる音律の宿命の誤差で、五度をすべて純正にすれば必ずどこかにしわ寄せが出ます。したがってあらゆる音律は「コンマをどこに隠すか」という同じ問題への異なる回答として整理できます。

系譜 — 五つの代表的な回答

最古の回答がピタゴラス音律です。純正五度3:2だけを積んで12音を作るため五度は完璧に澄みますが、長三度が純正よりかなり広くなって濁り、さらに帳尻合わせで1か所だけ極端に狭い五度——ウルフの五度——が残ります。三度の美しさを求めた純正律は、主要な三和音を完全な整数比で響かせる代わりに、調が少しずれただけで使えない音程が続出し、固定音高の楽器には不向きでした。

ルネサンス〜バロック期の主流だったミーントーン(中全音律)は、五度をわずかに狭めることで長三度をほぼ純正にする折衷案です。よく使う調は純正律に迫る美しさを持つ一方、遠い調にはやはりウルフが残ります。これを一歩進めたウェル・テンペラメントは、誤差を不均等に分散させて「どの調でも演奏可能、ただし調ごとに響きの性格が変わる」状態を実現しました。バッハの『平均律クラヴィーア曲集』が想定していたのはこの種の音律だと考えられています。そして最終回答が平均律です。コンマを12個の五度に均等に割り振り、半音をすべて同じ幅(100セント)にすることで、どの調も完全に同質になりました。代償として、純正な音程はオクターブ以外に1つも残っていません。

響きの純度を優先転調の自由を優先ピタゴラス音律五度が純正三度が濁る純正律三和音が純正転調がほぼ不可ミーントーン三度ほぼ純正遠い調にウルフウェル・テンペラメント全調可・調に性格平均律全調が完全に同質純正音程は消滅どの音律も「コンマという誤差をどこに置くか」への異なる回答
音律の系譜 — 左ほど響きの純度を、右ほど転調の自由を優先する。歴史はおおむね左から右へ進んだ

実務との接点 — 調律・古楽・音楽制作

音律は歴史の話にとどまりません。ピアノ調律師は、2音のずれが生むうなりの速さを耳で数えながら、平均律の「わずかに狭い五度」を正確に作っていきます。古楽の演奏団体は曲の時代に合わせてミーントーンやウェル・テンペラメントを選び、それがモダン演奏と響きの印象が違う大きな理由になっています。DAWやソフトシンセの多くもマイクロチューニング機能(Scala形式など)で音律を差し替えられるため、純正律のハモリを電子音で再現するといった制作も可能です。

最後に、混同しやすい区別を2つ挙げます。第一に、音律が定めるのは音同士の相対的な間隔であり、「ラ=440ヘルツ」のような絶対の基準高さはコンサートピッチという別の取り決めが担います。第二に、ド♯とレ♭のような異名同音が「同じ高さ」なのは平均律に固有の性質で、ピタゴラス音律や純正律では両者は実際に高さの異なる音です。五度圏が円としてきれいに閉じるのも平均律あってのことで、私たちが自明と思っている音楽理論の風景のかなりの部分が、実は特定の音律の選択の上に立っています。