音と音程●●●●○

コンマ

Comma ・ こんま

五度を12回積んでもオクターブに戻らない微小なズレ。音律設計の宿命の誤差

✦ 30秒で試す — 航海どの和音も完璧にハモっているのに、合唱の音程は沈んでいく純正な五度を12回積んだ音は、7オクターブ上のドと比べて?予想してみる

概要

コンマとは、純正な音程を積み重ねていったときに生じる、「きれいに閉じない微小なズレ」の総称です。代表格は2つあります。1つは純正な完全五度3:2を12回積んだ高さとオクターブ2:1を7回積んだ高さの差であるピタゴラスコンマ(約23.5セント)。もう1つは、五度の積み重ねから得られる長三度と純正な長三度5:4との差であるシントニックコンマ(81:80、約21.5セント)です。どちらも半音のおよそ4分の1——小さいものの、訓練していない耳にもはっきり聴き取れる大きさです。

コンマは誰かの計算ミスでも楽器の精度の問題でもなく、音の物理そのものに埋め込まれた原理的な誤差です。だからこそ音律の設計では避けて通れず、歴史上のあらゆる音律は「このコンマをどこに、どうやって押し付けるか」という同じ問いへの異なる回答として読み解けます。音律の系譜を1本の物語にする鍵となる概念です。

なぜ生まれたか

ピタゴラス音律の実践者たちは、五度を12回積めば音の輪が一周して出発点に戻るはずだと期待しました。ところが実際に計算すると、13音目はもとの音の7オクターブ上よりわずかに高い。古代ギリシャや古代中国の理論家は、すでにこのズレの存在に気づいていました。当初は「もっと精密にやれば消えるのではないか」と思いたくなるズレですが、実は数学的に消せないことが示せます。五度の積み重ねは3/2の累乗、オクターブの積み重ねは2の累乗であり、3の累乗と2の累乗は素因数が違うため決して一致しないからです。五度の連鎖はどこまで行っても閉じない螺旋であり、五度圏の円を本当に閉じるには、どこかで五度を曲げるしかないのです。

このズレに名前を与え、比と大きさで定量化したことには大きな意味がありました。「なんとなく合わない」が「81:80、約21.5セントの誤差」になれば、それをいくつに分割し、どの音程に負担させるかを設計できます。コンマという概念の確立によって、調律は勘の技から計算可能な設計の問題に変わりました。

詳細

ピタゴラスコンマ — 五度の螺旋の余り

まず大きさを確かめてみましょう。純正五度3:2を12回掛けると (3/2)¹² = 531441/4096 ≈ 129.75倍。一方オクターブ7回分は 2⁷ = 128倍です。比を取ると 531441/524288 ≈ 1.0136、セントに直すと約23.46セントの超過になります。これがピタゴラスコンマです。1オクターブ12音の楽器でこの余りを処理するには、12個ある五度のどこかを狭めて吸収するしかありません。すべてを純正のまま残すことは原理的にできないのです。

純正五度 3:2 を12個オクターブ 2:1 を7個この差がピタゴラスコンマ約23.5セント同様に、五度4個で作る長三度と純正な長三度 5:4 の差がシントニックコンマ 81:80 — 約21.5セント2つのコンマの大きさの差はわずか約2セント(スキスマ)しかない
ピタゴラスコンマの正体 — 五度12個の全長はオクターブ7個の全長よりわずかに長い(差は誇張して描いている)

シントニックコンマ — 三度の濁りの正体

もう1つの主役がシントニックコンマです。ピタゴラス音律で五度を4回積んで作る長三度は81:64(約408セント)ですが、倍音列から導かれる純正な長三度は5:4=80:64(約386セント)。この2つの比の差 81:80 が約21.5セントのシントニックコンマで、「五度を大切にすると三度が濁る」というピタゴラス音律の弱点をそのまま数値化したものです。偶然にも2つのコンマの大きさはほぼ等しく(差は約2セントで、スキスマと呼ばれます)、このことが後の音律設計に幸運をもたらしました。片方を処理するとほぼもう片方も処理できるのです。

コンマの押し付け先が音律を決める

コンマは消せない以上、選べるのは配置だけです。まずピタゴラス音律は、コンマを1か所の五度に丸ごと押し込みます。その五度は約24セントも狭い、唸って使いものにならないウルフの五度になりますが、残り11個の五度は完全に純正です。中全音律(ミーントーン)は発想を変え、11個の五度すべてをシントニックコンマの4分の1(約5.4セント)ずつ狭めました。五度を4つ積むと狭めた分がちょうどコンマ1つになるので、どの4連続の五度から作った長三度(C–E、G–B、D–F♯ …)も純正になります。その代わり、狭めすぎた連鎖の帳尻は残る1つの五度が引き受け、今度は広すぎるウルフになります。ウェル・テンペラメントはピタゴラスコンマを一部の五度に不均等に分散させ、どの調も演奏可能にしつつ調ごとの響きの個性を残します。そして平均律は、ピタゴラスコンマを12等分して全五度に均等に配りました。1つあたりの負担は約2セント——ほぼ聴き取れない犠牲と引き換えに、すべての調が同質になったのです。ウェル・テンペラメントも平均律も、コンマを12本の五度の中で使い切るので、五度圏が螺旋ではなく閉じた円になります。

コンマ・ポンプ — ハモるほど沈む

コンマは理論家の玩具ではなく、演奏の現場に今も現れます。有名なのが「コンマ・ポンプ」と呼ばれる現象です。無伴奏合唱や弦楽アンサンブルは、和音が鳴るたびに耳で音程を寄せて、純正律の澄んだ響きを作ろうとします。ところがある種のコード進行では、各和音を純正に合わせ続けると、一巡するたびに全体のピッチがシントニックコンマ分(約21.5セント)ずつ下がっていきます。

典型例が C–Am–Dm–G–C です。C から Am へは共通音の C と E をそのまま保ち、A をその下に純正な短3度で置きます。Am から Dm へは共通音 A を保ち、D をその純正な5度下に置く。Dm から G へは D を、G から C へは G を同じように保ちます。どの一歩も「共通音は動かさず、残りを純正に合わせる」という自然な歌い方ですが、たどり着いた C は、音の比を掛け合わせると最初の C の 80/81 倍、つまりちょうどシントニックコンマ1つ分だけ低くなっています。純正な短3度1つと純正な5度3つで降りた距離が、2オクターブより81/80だけ長いからです。

各和音を純正(長3和音 4:5:6、短3和音 10:12:15)にとり、前の和音と共有する音の高さは動かさない平均律の高さ(ずれ 0)C1/1C・E を保つAmA = 5/3A を保つDmD = 10/9D を保つGG = 40/27G を保つCC = 80/811周で −21.5縦の位置 = 各和音の根音が平均律より何セント低いか(−15.6 → −17.6 → −19.6 → −21.5、誇張して描いている)
コンマ・ポンプ — 共通音を保ったまま各和音を純正に合わせると、C に戻ったとき 81/80 だけ低い

下の部品で、この沈み方を耳で確かめられます。「3周鳴らす」を押すと、共通音を保ちながら純正に合わせた C–Am–Dm–G が3周して C に戻ります。高く鳴る「ポーン」は最初の C の高さのまま重ねた基準の音で、周を重ねるごとに和音との間がずれていくのが聞こえます。合わせ方を「平均律」に替えると、和音はわずかに濁る代わりに、高さは何周しても沈みません。

⚡ 体験: 純正にハモり続けるとピッチが沈む
合わせ方
基準の音
0−20−40−60セント−21.5−43.0−64.5平均律(沈まない)純正に合わせ続けた場合CAmDmGCAmDmGCAmDmGC
いまの和音 —根音の高さ(平均律から) — セントC へは共通音 G を保って戻る1周の沈み 21.5 セント

「鳴らす」で C–Am–Dm–G–C を3周します。各和音は、前の和音と共有する音の高さを保ったまま純正に合わせます。グラフの金の線を見ながら聴いてください。

美しくハモることと音の高さを保つことが原理的に両立しない場面があるわけで、実際の合唱は、共通音を少しずつ動かすなどの微調整で無意識に妥協しています。純正律の鍵盤楽器が1つの調でしか使えないのも、同じ理由の裏返しです。

コンマと異名同音・微分音

コンマは異名同音の問題にも顔を出します。ド♯とレ♭のような異名同音は、平均律では同じ高さですが、ピタゴラス音律で五度を積んで作るとド♯がレ♭より約23.5セント(ピタゴラスコンマ)高くなり、中全音律では逆にド♯の方が約41セント低くなります。半音より細かいこうした差を扱う感覚は微分音の世界と地続きであり、コンマは「12音で音楽は語り尽くせない」ことを示す最小単位の証拠だと言えます。

試問

合唱団が C–Am–Dm–G–C の和音を何周も歌います。どの和音でも、前の和音と共有する音の高さはそのまま保ち、残りの音をうなりのない純正な響きに合わせます。周回数(1〜4周)を選んで鳴らすと、最後の C が最初の C より何セント(半音の100分の1)低くなったかがグラフに出ます。

✦ 命題挑戦中

各和音を純正に合わせ続けたまま周回数を選び、最後の C を最初の C よりおよそ 40 セント低く着地させよ

  • 「純正に合わせ続ける」で最後まで鳴らす
  • 最後の C が最初の C より 30〜55 セント低い
⚡ 体験: 周回数を選んで、最後の C の沈みを作る
合わせ方
基準の音
周回数
0−20−40−60−80セント平均律(沈まない)純正に合わせ続けた場合CAmDmGCAmDmGCAmDmGC
いまの和音 —根音の高さ(平均律から) — セントC へは共通音 G を保って戻る

「鳴らす」で C–Am–Dm–G–C を3周します。各和音は、前の和音と共有する音の高さを保ったまま純正に合わせます。グラフの金の線を見ながら聴いてください。