中全音律
Meantone Temperament ・ ちゅうぜんおんりつ
三度を美しくするため五度を少しずつ狭めた音律。ルネサンス鍵盤楽器の標準
概要
中全音律(ミーントーン)とは、長三度を純正な響きにするために、すべての五度をほんの少しずつ狭めて調律する音律です。純正律の美しい三度を鍵盤楽器の上で実現するための実用的な妥協案として生まれ、16世紀から17世紀のオルガンやチェンバロの事実上の標準調律として、ルネサンスとバロック前期の音楽を支えました。
名前の由来は「全音の中間(mean tone)」です。純正律には 9/8 の大全音と 10/9 の小全音という2種類の全音がありましたが、中全音律ではそのちょうど中間の1種類に統一します。これにより純正律の不均等さが解消され、どの音から弾いても全音は同じ幅になります。そして4つの全音を重ねてできる長三度は、純正な 5:4 の比にぴったり一致するのです。
代償は五度です。1つ1つの五度は純正よりわずかに狭いだけでほとんど気になりませんが、狭めた分の誤差は逃げ場を失い、最後の1箇所に極端に広いウルフの五度として集中します。美しい三度と引き換えに使える調が限られる — この明快なトレードオフが中全音律の性格です。
なぜ生まれたか
ルネサンス期、三和音のハーモニーが音楽の中心になると、長三度が 64:81 と濁るピタゴラス音律は鍵盤楽器の調律として使いものにならなくなりました。かといって理想の純正律をそのまま鍵盤に載せることもできません。純正律は調の内部にすら狭い五度を抱え、少し転調しただけで響きが崩れるため、12個しか鍵のない楽器では実現不可能だったのです。
そこで調律師たちは発想を転換しました。「どこかの音程だけを完璧にして他を壊す」のではなく、「五度全体に誤差を薄く塗り広げて、三度を狙い撃ちで純正にする」のです。五度1つあたりの狂いは耳でようやく分かる程度に抑えられ、その見返りに主要な調の長三度がすべて純正になる。16世紀初頭には実践されており、1523年のアーロン、1571年のツァルリーノらが理論として記述したこの音律は、以後200年近くにわたり鍵盤楽器の標準であり続けました。
詳細
仕組み — 五度を4分の1コンマずつ狭める
出発点は、五度と三度の間にある数学的な関係です。ドから五度を4回積む(ド→ソ→レ→ラ→ミ)と、2オクターブ+長三度上のミに着きますが、純粋な五度 2:3 で積んだこのミは、純正な長三度 5:4 のミよりシントニック・コンマ(約21.5セント)だけ高くなります。そこで中全音律(正確には「4分の1コンマ中全音律」)では、4つの五度をそれぞれコンマの4分の1(約5.4セント)ずつ狭めます。すると4回積んだ誤差がちょうどコンマ1個分となり、到達するミは純正な 5:4 の長三度にぴったり収まるのです。五度は約696.6セントとなり、純正な702セントよりわずかに狭いだけで、単独ではほとんど違和感がありません。
「中全音」の名の由来
この調律の結果、全音(たとえばド〜レ)は五度2回分から1オクターブを引いた音程になり、約193セントの1種類に統一されます。これは純正律の大全音 9/8(204セント)と小全音 10/9(182セント)の幾何平均、つまり「真ん中の全音」です。全音が1種類になったことで音階の足取りは均質になり、旋律の移調にも(使える範囲内なら)耐えられるようになりました。半音は約117セントとやや広めで、この広い半音が中全音律特有の表情豊かな旋律の陰影を作っています。
得たもの — 8つの純正な長三度
12鍵の標準的な中全音律では、五度圏上の E♭ から G♯ までの11個の五度を狭く調律します。その結果、E♭・B♭・F・C・G・D・A・E を根音とする8つの長三度が純正な 5:4 になり、ハ長調・ト長調・ヘ長調など中心的な調の三和音は、現代のピアノでは決して聴けない透明な響きを手に入れます。当時の音楽がいかにこの響きを前提にしていたかは、ルネサンス〜バロック前期の作品を中全音律の楽器で聴くとよく分かります。持続音で和音を鳴らすオルガンでは特に効果が大きく、歴史的オルガンの多くが中全音律またはその変種で調律されていました。
失ったもの — ウルフと使えない調
一方、狭めた五度の誤差は最後の G♯–E♭ 間に集中し、純正五度より35セント以上も広いウルフの五度が生まれます。さらに、B–D♯、F♯–A♯ など4つの長三度は実際には減四度(たとえば B–E♭)となり、40セント余りも広い耐えがたい響きになります。結果として快適に使えるのはおよそ♭2個から♯3個までの調に限られ、嬰ハ長調や変イ長調のような遠隔調は事実上立ち入り禁止でした。この制約を緩和するため、G♯/A♭ などの黒鍵を2つに割った分割鍵盤や、狭め方をコンマの5分の1・6分の1に緩めた変種(狼を弱める代わりに三度の純度を少し諦める設計)も使われました。
歴史的な位置づけ
中全音律は「三度の美しさ」と「調の自由」を天秤にかけ、前者に大きく賭けた音律です。バロック後期に入り、組曲や幻想曲が遠い調へ大胆に転調するようになると、この賭けは時代に合わなくなり、コンマを不均等に分散してすべての調を解放するウェル・テンペラメントへ、さらに完全に均等化する平均律へと主役が移っていきます。それでも中全音律は、音律というものが「何を美しくし、何を諦めるかの設計」であることを最も鮮やかに示す実例として、また古楽演奏の現場で今も現役の調律として、重要な位置を占め続けています。
