微分音
Microtone ・ びぶんおん
半音よりさらに細かい音程。12音の外側に広がる音世界への入り口
概要
微分音(マイクロトーン)とは、半音よりもさらに狭い音程、およびそうした音程を使う音の総称です。代表格は半音をちょうど半分に割った四分音(50セント)ですが、それに限らず「ピアノの鍵盤の隙間にある音」全般を指します。ピアノでドとド♯の間の音は出せませんが、声・ヴァイオリン・トロンボーン・ギターのチョーキングなど、音高を連続的に動かせる楽器なら、その隙間の音はいくらでも出せます。
微分音は決して前衛音楽だけの珍しい存在ではありません。アラブやトルコの古典音楽は半音より細かい音程を体系の中核に持っていますし、ブルースのボーカルやギターが「ためて」持ち上げる音も、12音の格子から外れた高さを通過します。西洋の12音体系という1つの音律の外側に広がる、広大な音世界への入り口が微分音です。
なぜ生まれたか
まず押さえたいのは、オクターブを12個の半音で区切るのは物理法則ではなく歴史的な選択だ、ということです。世界の多くの音楽文化はそもそも12の格子に縛られておらず、たとえばアラブ音楽の旋法体系マカームは、長3度と短3度のちょうど中間あたりに位置する「中立3度」を古くから使ってきました。これらの音楽にとって微分音は「特殊な音」ではなく、最初からそこにある普通の音です。
西洋音楽の側で微分音が意識的に追求されたのは20世紀です。動機は大きく2方向ありました。1つは響きの純度の回復です。平均律は転調の自由と引き換えにすべての音程を純正な整数比からずらした妥協の体系であり、ハリー・パーチのように純正律に基づく1オクターブ43音の体系を作って「妥協前の響き」を取り戻そうとする作曲家が現れました。もう1つは新しい表現資源の開拓で、アロイス・ハーバやヴィシネグラツキーらは四分音を使い、12音では書けない旋律と和声を探求しました。かつては専用楽器を作るしかなかったこれらの試みは、音高を自由に指定できる電子楽器の登場で一気に身近になりました。
詳細
ものさしと記譜
微分音を扱う共通のものさしがセントです。半音=100セントを基準に、四分音は50セント、八分音は25セントと、半音以下の世界を数値で正確に語れます。記譜では、通常の臨時記号を拡張した記号——シャープの縦棒を減らした「半分のシャープ」、矢印付きのフラットなど——で四分音の上げ下げを表すのが一般的ですが、流派ごとに記号の体系が分かれており、完全な統一記法はまだありません。数値(セントや周波数)を音符に添えて指定する現代曲も多くあります。
12音の格子の「隙間」に何があるか
図に示したとおり、隙間には理論上の点だけでなく、実際の音楽が使い込んできた音が住んでいます。短3度(300セント)と長3度(400セント)の中間にある中立3度(約350セント)はマカームの根幹をなす音程で、長調とも短調ともつかない独特の表情を持ちます。ブルースで歌い手やギターが3度の音を「揺らして」つくるブルーノート(ブルース・スケールの核)も、しばしばこの中間領域を漂います。さらに自然そのものにも微分音は現れます。倍音列の第7倍音は約969セントで平均律の短7度より31セントも低く、第11倍音は約551セントと完全4度と増4度のほぼ中間です。金管楽器の自然倍音やホーメイの倍音唱法で聞こえる「鍵盤にない音」の正体がこれです。
体系としての微分音 — オクターブをn等分する
微分音を場当たり的な装飾ではなく体系として使うために、オクターブを12以外の数で等分する「n平均律」が研究されてきました。24平均律は既存の12音の各隙間に四分音を挿し込む形なので、従来の楽器・記譜との互換性が高く、四分音音楽の標準になっています。31平均律は歴史的な中全音律とほぼ一致し、純正に近い美しい長3度が得られます。53平均律は純正な5度と3度の双方をきわめて高精度で近似します。一方、等分にこだわらず純正律の整数比を直接拡張していく系譜(パーチの43音など)もあり、「純度を取るか、均質さと転調可能性を取るか」という音律の設計問題が、ここでも同じ構図で繰り返されます。
実務での使いどころと落とし穴
現代では微分音の実現手段はほぼ揃っています。声・擦弦楽器・トロンボーンはもともと連続的な音高を出せますし、シンセサイザーはピッチベンドや音律指定機能(Scalaファイル、MIDIのMPEなど)で任意のセント値を発音できます。ギターにも四分音フレットを追加した改造楽器があります。落とし穴は、出す側より聴く側・合わせる側にあります。訓練していない耳にとって微分音は「音痴」との区別がつきにくく、意図した音程だと伝わるには文脈づくり(反復、持続音との対比など)が必要です。またアンサンブルでは全員が同じ微分音の体系を共有していないと音程が定まらず、リハーサルのコストが大きく上がります。微分音は「無限の自由」ではなく、12音と同じく「どの音を選び、どう共有するか」という規律の設計だと理解しておくのが実践の鍵です。
