確率・分布●●●○○

対数正規分布

Lognormal Distribution ・ たいすうせいきぶんぷ

対数を取ると正規分布になる分布。掛け算で育つ、右に裾を引く量のモデル

✦ 30秒で試す — 航海上下に対称な揺れだけで、右に長く伸びた分布が育つ20年後、平均と中央値の関係は?予想してみる

概要

対数正規分布は、「対数を取ると正規分布になる」確率分布です。値そのものは0より大きく、左側は0の壁で詰まり、右側には長い裾を引く非対称な形をしています。所得、Webサービスの応答時間、株価、細菌のコロニーサイズ、SNSの投稿の閲覧数 — 「マイナスにならない」「大多数は小さめだが、たまに桁違いに大きい値が出る」タイプの量の多くが、この分布でうまく近似できます。

正規分布との関係は鏡写しのように整っています。正規分布が「足し算の世界」の分布であるのに対し、対数正規分布は「掛け算の世界」の分布です。多数の独立な要因が足し合わさった量は正規分布に近づきますが、要因が掛け算で効いてくる量 — 毎期の成長率が掛かっていく資産、複数の工程の倍率が掛かる処理時間など — は対数正規分布に近づきます。対数を取ると掛け算が足し算に変わるため、対数の世界では中心極限定理がそのまま働くからです。

実務では「右に裾を引いたデータを見たら、まず対数を取ってみる」という定石の背後にある分布です。ヒストグラムが右に歪んでいても、対数を取った途端に見慣れた釣鐘型が現れる — この体験は探索的データ分析で頻繁に訪れます。

なぜ生まれたか

19世紀後半、正規分布が「自然に遍在する分布」として確立する一方で、それに従わないデータも次々と見つかっていました。所得や反応時間のようなデータは決してマイナスにならず、明確に右へ歪んでいます。無理に正規分布を当てはめると「マイナスの所得」に確率を割り当てることになり、平均 ± 2σ といった読み方も破綻します。歪んだデータを扱う理論的な枠組みが必要でした。

答えのひとつが「対数の世界で考える」ことでした。人間の感覚が刺激の絶対量ではなく比率に反応するというウェーバー=フェヒナーの法則を背景に、ゴルトンは1879年、比率で効く量は「幾何平均」を中心に考え、対数を取ってから正規分布(誤差法則)を当てはめるべきだと提案し、それに応えて同じ年にマカリスターがその分布を数学的に整えました。20世紀に入ると、カプタインやジブラが「独立な倍率が多数掛け合わさった量は対数正規分布に近づく」という生成の筋書き — 掛け算版の中心極限定理 — を示し、企業規模や所得の分布の説明に使われるようになります。正規分布の理論体系を、右に歪んだ正のデータへそっくり移植する道が開かれたのです。

詳細

2つのパラメータは「対数の世界」の量

対数正規分布は、log X が平均 μ・標準偏差 σ の正規分布に従う、として定義されます。ここでつまずきやすいのは、μ と σ は X そのものの平均や標準偏差ではなく、対数を取った値の平均と標準偏差だという点です。元の単位に戻すと、3つの代表値はそれぞれ別の式になります。中央値は e^μ(対数の世界の真ん中をそのまま戻した値。幾何平均とも一致します)、最頻値は e^(μ−σ²)、平均は e^(μ+σ²/2) です。σ が大きいほど3つの差は開き、たとえば σ = 1 なら平均は中央値の約1.65倍、最頻値は中央値の約0.37倍になります。

最頻値e^(μ−σ²)中央値e^μ平均e^(μ+σ²/2)01234長い右裾 — 少数の大きな値が平均を引っ張る確率密度横軸を対数目盛りにすると、中央値 e^μ を中心とした左右対称の釣鐘になる
対数正規分布(μ=0, σ=0.75)の形 — 最頻値・中央値・平均の順に右へずれ、右の裾が長い(曲線は計算値)

山の頂上(最頻値)が最も左、真ん中で人口を二分する中央値がその右、そして平均はさらに右 — 右の長い裾にいる少数の大きな値が平均を引っ張り上げるためです。「平均所得は中央値よりずっと高く、大半の人は平均以下」という所得統計でおなじみの現象は、この形そのものです。歪度の強いデータでは、平均だけを見ると典型像を見誤るため、中央値や分位数を併記するのが定石になります。

掛け算の世界の中心極限定理

対数正規分布が自然界と社会に広く現れる理由は、生成のメカニズムにあります。ある量が毎期「前の値 × 今期の倍率」で変化していくとします。倍率が独立な確率変数なら、最終的な値の対数は「倍率の対数の合計」になり、中心極限定理によって正規分布に近づきます。つまり元の値は対数正規分布に近づく。資産の複利成長、企業規模の変遷(ジブラの法則)、生物の成長のように「変化が現在の大きさに比例する」プロセスは、みなこの筋書きに乗ります。

ここで直感に反するのは、倍率が上下に対称でも、結果の分布は対称にならないことです。×1.25 と ×0.8 が同じ確率で起きるなら、対数の世界では +0.22 と −0.22 の対称な足し算です。ところが元の単位では、上振れは元手が大きくなってからさらに大きく伸び、下振れは元手が小さくなるほど小さくしか減りません。この非対称が年を重ねるごとに積み上がり、右の裾になります。下の部品で、300社の売上を1年ずつ育ててから、軸を切り替えてみてください。

⚡ 体験: 掛け算で育つと、右に裾が伸びる
成長のしかた
横軸
0 年目の売上の分布(300社)0100200300400500600売上
最頻値(山の頂上)中央値(150社目)平均
年0最頻値100中央値100平均100平均 ÷ 中央値×1.00

300社がみな売上 100 から出発します。毎年、各社の売上に×0.8〜×1.25 のランダムな倍率が掛かります。「1年進める」を押していきましょう。

粒1つ = 1社。横軸 = 売上(ふつうの軸 / 対数軸)。同じ階級に入った会社は上に積み上がる

「足し算」に切り替えると、毎年同じ幅の額を足すだけなので、分布はふつうの軸のまま左右対称の釣鐘に育ちます。正規分布が「独立な要因の足し算」の帰結であるのとちょうど対をなす成り立ちで、どちらの軸で左右対称に見えるかが、その量が足し算で育ったか掛け算で育ったかの手がかりになります。

対数変換 — 実務での定番の一手

対数正規分布とみなせるデータは、対数を取るだけで正規分布の道具一式が使えるようになります。歪んだデータのままt分布ベースの検定や回帰分析を適用すると前提が崩れがちですが、対数変換後なら安心して使えることが多い。回帰分析で価格や所得を対数にしてからモデルに入れるのはこのためで、係数の解釈も「何円増える」から「何%増える」という比率の言葉に変わります。可視化でも、桁をまたぐデータは対数軸で描くと構造が見える — データ可視化の基本技のひとつです。

ただし落とし穴があります。対数の世界で求めた平均を指数で戻すと、得られるのは中央値(幾何平均) e^μ であって、元の単位の平均 e^(μ+σ²/2) ではありません。売上の合計や総コストの見積もりのように「平均 × 件数」が必要な場面でこれを取り違えると、σ が大きいほど大きく過小評価します。対数スケールで予測したモデルの出力を元に戻すときも同じで、平均が欲しいなら e^(σ²/2) 倍の補正(あるいは同等の補正)が必要です。

べき乗則との見分け — 似て非なる隣人

右に長い裾を引く分布としてはべき乗則も有名で、両者は実データ上しばしば見分けが困難です。違いは裾の減り方にあります。対数正規分布の裾は遠くへ行くほど減衰が加速する(両対数グラフで下へ曲がっていく)のに対し、べき乗則の裾はどこまでも同じ比率で減り続け(両対数で直線)、極端な値がさらに出やすい。σ が大きい対数正規分布は、数桁にわたって両対数でほぼ直線に見えるため、都市の人口やファイルサイズをどちらでモデル化すべきかは長年の論争テーマです。実務上は、手元のデータの範囲でどちらがよく当てはまるかを尤度で比べることに加えて、「掛け算的な成長か、優先的選択のような集中メカニズムか」という生成過程の考察を添えて選ぶのが健全です。

使いどころと落とし穴

対数正規分布を仮定する場面の代表は、応答時間のパーセンタイル管理(p50よりp95・p99が重要になるのは裾が長いからです)、金融工学での株価モデル(ブラック・ショールズモデルは将来の株価が対数正規分布に従うと仮定します)、環境科学での汚染物質濃度などです。落とし穴は、0や負の値を含むデータにそのまま対数を取れないこと(log(x+1) のような便宜的な変換は、足す定数しだいで結果が変わります)、そして「右に歪んでいるから対数正規」と機械的に決めつけることです。まずヒストグラムと対数変換後のヒストグラムを見比べ、外れ値なのか裾の一部なのかを吟味する — その観察の習慣こそが、この分布を学ぶ実利です。

試問

300社がみな売上 100 から出発し、毎年ランダムに増えたり減ったりして育っていきます。はじめは毎年ランダムな額を「足す」成長ですが、毎年ランダムな倍率を「掛ける」成長にも切り替えられます。成長のしかた・年数・横軸(ふつうの軸/対数軸)を選んで、命題の分布を育ててください。

✦ 命題挑戦中

上下に対称なランダムの揺れだけを使って、平均が中央値から大きく右へ離れる分布を育て、その分布が対数軸では左右対称に戻ることを確かめよ

  • 平均が中央値の 1.15 倍以上に引き離される(いま ×1.00)
  • 横軸を対数軸に切り替える
  • 対数軸で見た粒の並びが左右対称(対数の歪度 |0.00| < 0.5)
⚡ 体験: 成長のしかたと年数を選び、軸を切り替えて確かめる
成長のしかた
横軸
0 年目の売上の分布(300社)0100200300400500600売上
最頻値(山の頂上)中央値(150社目)平均
年0最頻値100中央値100平均100平均 ÷ 中央値×1.00

300社がみな売上 100 から出発します。いまは毎年ランダムな額を足す成長です。成長のしかた・年数・横軸を動かして、命題の分布を作ってください。

粒1つ = 1社。横軸 = 売上(ふつうの軸 / 対数軸)。同じ階級に入った会社は上に積み上がる