カイ二乗分布
Chi-Square Distribution ・ かいにじょうぶんぷ
正規分布の二乗和が従う分布。ばらつきの推測と独立性の検定の基盤
概要
カイ二乗分布は、標準正規分布に従う値をいくつか二乗して足し合わせたときに現れる確率分布です。足し合わせる個数を「自由度」と呼び、これが分布の形を決める唯一のパラメータになります。二乗和なので値は必ず0以上で、分布は右に裾を引いた非対称な形をしています。
この分布が活躍するのは、主に2つの場面です。ひとつは「ばらつき」の推測 — 標本の分散が母集団の分散からどれくらいずれうるかは、カイ二乗分布で記述されます。もうひとつは「観測されたデータと理論上の期待とのずれ」を測る検定で、サイコロの目の偏りを調べる適合度検定や、クロス集計表で2つの属性が関係しているかを調べる独立性の検定(カイ二乗検定)がこれにあたります。
アンケート分析で「性別と回答に関連があるか」を調べるとき、A/Bテストでコンバージョン率の差を検定するとき、その裏で確率を供給しているのがカイ二乗分布です。t分布とともに、正規分布から派生して推測統計を支える基本分布のひとつと言えます。
なぜ生まれたか
19世紀末の統計学には、「このデータは理論どおりの分布とみなせるか」を客観的に判定する方法がありませんでした。観測度数と理論値のずれを眺めて「だいたい合っている」と主観で判断するしかなく、偶然のゆらぎとして許される範囲の線引きができなかったのです。カール・ピアソンは1900年、各カテゴリの「観測度数と期待度数の差」を二乗し期待度数で割って合計した統計量が、データが理論に従っている限り近似的にカイ二乗分布に従うことを示しました。ずれの大きさが分布のどのあたりに落ちるかを見れば、「このずれは偶然では説明しにくい」と確率の言葉で言えるようになった — 適合度検定の誕生です。
この発明は、後に仮説検定として体系化される考え方の先駆けであり、20世紀の科学に最も影響を与えた統計手法のひとつに数えられます。数値ではなくカテゴリ(性別、支持政党、購入の有無など)のデータに検定の道を開いたことも大きく、社会調査や疫学が「集計表を確率で読む」学問へ進む土台になりました。
詳細
分布の形と自由度
自由度 k のカイ二乗分布は「標準正規分布に従う独立な値 k 個の二乗和」の分布で、平均は k、分散は 2k になります。自由度1では0の近くに確率が集中した急峻な形、自由度が増えるにつれて山が右へ移動し、左右対称に近づいていきます。二乗和は足し算なので、自由度が大きくなれば中心極限定理が効いて正規分布に近づく、と考えると形の変化が理解しやすくなります。
適合度検定 — 理論とのずれを測る
ピアソンの適合度検定の手順はシンプルです。サイコロを600回振ったら、公平なら各目の期待度数は100回ずつ。実際の観測度数との差を目ごとに二乗し、期待度数で割って合計します。この統計量は、サイコロが公平である限り自由度5(カテゴリ数6 − 1)のカイ二乗分布に近似的に従うので、観測された値が分布の右裾の稀な領域に落ちれば「この偏りは偶然では説明しにくい」と判断できます。度数分布さえ作れればどんなカテゴリデータにも適用でき、「データはこのモデルに従っているか」という問いに答える汎用の道具になっています。
独立性の検定 — クロス集計表を確率で読む
実務で最も出番が多いのは独立性の検定です。クロス集計表で「性別 × 商品購入の有無」のような2つの属性を集計したとき、もし2つが独立なら、各セルの期待度数は行合計と列合計から計算できます。観測度数とこの期待度数のずれをカイ二乗統計量にまとめ、自由度(行数 − 1)×(列数 − 1)のカイ二乗分布と照らし合わせる — ずれが偶然の範囲を超えていれば「2つの属性には関連がある」と結論します。アンケート分析やA/Bテストの定番手法ですが、検定が教えてくれるのは関連の「有無」だけで、関連の強さや因果の向きまでは語らないことに注意が必要です。
分散の推測とほかの分布との関係
もうひとつの役割が、ばらつきそのものの推測です。正規分布に従う母集団から取った標本の分散は、母分散のまわりでカイ二乗分布に従ってゆらぎます。この性質を使うと、分散の信頼区間や「工程のばらつきが規定値以内か」の検定が組み立てられます。また、t分布は「正規分布に従う量をカイ二乗分布に従う量で調整したもの」として定義され、分散の比を扱うF分布もカイ二乗分布同士の比から作られます。正規分布を根とし、カイ二乗分布・t分布・F分布が枝分かれする — この系譜が古典的な推測統計の理論の幹です。
使うときの落とし穴
カイ二乗検定は近似に基づく検定なので、期待度数が小さいセル(目安として5未満)があると近似が崩れます。その場合はカテゴリを併合するか、正確確率検定(フィッシャーの直接確率法)を使うのが定石です。また標本が非常に大きいと、実質的に無意味なほど小さな関連でも「有意」になってしまいます。p値だけを見ず、割合の差やクラメールのVのような関連の強さの指標を添えて解釈する習慣が、カイ二乗検定を正しく使うコツです。
